élan(エラン)/表参道

表参道ヒルズ向かいに開業した複合ビル「GYRE(ジャイル)」4階の「élan(エラン)」。当店のほかカジュアルダイニングやバーなども同フロアに入居しており、そのいずれもが当店関連のお店らしいです。ワンフロア1,000平米も借り切るってすげえなあ。
店内はダークブラウンの木目調で落ち着いた雰囲気なのですが、壁一面の大きな窓から飛び込む夜景が何よりのごちそうですね。このあたりは渋谷川を埋め立てた地域であり地盤的に高層ビルが建てられず、結果として4階からでも見事な眺望を楽しむことができます。

信太竜馬シェフは50年以上連続でミシュラン3ツ星を維持する「トロワグロ」やパリ「オテル・ド・クリヨン」、銀座「ロオジエ」「エスキス」など一流どころで経験を積み、2020年に当店を開業しました。オープン当初からずっと気になるピだったのですが、コロナもあってお邪魔できるまで随分と時間を要してしまいました。
ワインの値段につき、バリバリのグランメゾンでありながら覚悟していたほどは値付けは悪くなかった。外資系ホテルのダイニングなどで楽しむことを考えれば平気の平左である。
グジュールはゲストの来店に合わせて焼きたてのアツアツで大変美味しい。このあたりのタイミングの良さはお迎えするゲストの組数をかなり絞って(ひと晩で2-3組)こその芸当でしょう。しっかりと熟成させたコンテをふんだんに練り込んでおり、何ともリッチな味わいです。
アミューズ、続く。左は腸詰めしていないパテ状のブータンであり、血の鉄っぽさを感じさせない優しい味わい。右のスープはホロホロ鳥を始め、当店で用いる様々な食材の端材から抽出したエキスから成り立っています。見た目はクリアながら複雑で奥行きのある味わい。大ジョッキで飲みたいくらいです。
モンサンミッシェル産のムール貝。小粒ながら旨味がギュウギュウに詰まっており存在感のある素材です。バターナッツ由来の大地の甘味に自家製塩イクラの自然な塩気と相俟って、なるほど高度な前菜です。
ブリ。フランス料理でお目にかかることの少ない素材ですが、藁で少し燻しているのか程よく香ばしく食欲をそそる味わいです。たっぷりの脂と桃の調和が心地よく、適度な酸味(トマト?)による味蕾の後片付けも見事です。
パンは自家製。このゲストの数でパンも自家製とは恐れ入る。これはワンフロア全てで飲食店を展開している規模の正義といったところでしょうか。このほか天然酵母を用いたカンパーニュも大変レベルが高かった。
イカがめちゃんこ旨いですねえ。向こう側が透けて見えそうなほどの透明感があり、赤子の二の腕のように触れて柔らかい。イカの風味はもちろんのこと、パプリカや万願寺唐辛子レフォールなどの様々な香りが豊かに薫っており、何とも華やかなひと皿でした。
こちらはキンキ。やはりフランス料理でお目にかかることの少ない素材であり、しかもウロコ焼きにして食べるという変態調理。カリっとした歯ざわりに濃密な身の脂がとろけるように美味しく、濃厚なスープドポワソンが味覚に追い打ちをかけてきます。
昆布で包んで蒸したアワビをスライスし、ヴァンジョーヌのソースで頂きます。鼻に抜けるヴァンジョーヌの香りが何とも複雑で、旨味の増したアワビに良く合います。(チーズの)ブリが入ったトルテリーニ(餃子みたいなパスタ)も見逃せない美味しさであり、こういう料理はグランメゾンでしか楽しめないなあと思わず目を閉じてしまいました。
皮ごと塩釜で蒸したビーツ。本当にそのまんまビーツなのですがしみじみ旨い。スパイスのきいたタレも挑戦的な味覚であり、質実剛健に見えて楽しませることも忘れないひと皿です。
メインはエゾジカ。やや淡白で軽いタッチであり、多皿のコース仕立てながら余裕で完食できる清らかさです。凝縮感のあるトマトや濃密な赤ワインソースなど、細部に至る工夫まで余念がありません。
チーズが日本のレストランとしては珍しくコースに組み込まれていますが、この発想はフランス文化と付き合いの長いシェフならではでしょう。この客席数でよくもまあこれだけのフランスチーズを常備しているものだと半ば呆れてしまいます。ananの最新号程度のチーズの知識しか持ち合わせていない方は、少し予習してから訪れるとより楽しめるでしょう。
私はエポワス、クロタンレザン、ピエダングロワ、フルムダンベールをチョイス。フランスでは1ユーロで買えるチーズが日本では千円近くするので、日本で海外のチーズを食べるのは極力避けているのですが、ああ、やっぱりフランスのナチュラルチーズは段違いに美味しいなと日本の負けを認めざるを得ない瞬間でした。ちなみにハチミツは屋上で自家養蜂していると聞いて2度びっくり。そのうちUPSでも置いて自家発電すらやりかねない拘りようです。
デザートの前に何故かピニャコラーダが出て来ます。恐らく食中にピニャコラーダを出すフランス料理店は世界でもココだけでしょう。とは言え単なる液体のカクテルとは異なり、ラムは黒ラム、果物のコンポートも沈めクリームをたっぷり加えるなど、なるほど液体のデザートとも言える存在感でした。
デザートひと皿目はピオーネにイチヂクと旬の果物主体。それでもソーテルヌのジュレを用いたりほうじ茶の風味をきかせたりとユーモラスな工夫が詰まっています。
デザートふた皿目はこげ茶色でドーンと攻めてきます。濃厚なカカオの風味に大人の苦みを湛えるキャラメル風味濃厚な乳の脂肪。素朴と言えば素朴なのですが深みがあり、王道の美味しさです。
お茶菓子も凝っていて、カシス風味のマカロンにどっしりとした甘味のフィナンシェ、後を引く美味しさのフロランタン(アーモンドがニチャニチャするやつ)と、本物オブ本物といった心地でフィニッシュです。ごちそうさまでした。

以上のコース料理が税サを含めて2.7万円ほど。さすがはグランメゾンといった価格設定ですが、銀座あたりのお店に比べるとひとまわり割安にも感じます。何よりお料理ひと皿ひと皿がきちんと美味しいのが良いですね。個人的に最近の「エスキス」は迷走度合いが甚だしく私の価値観からは乖離していたのですが、当店は素材感を大切にした別物であり、何を食べたかきちんと記憶に残る料理が続きました。
接客についても、高度に儀式化されたグランメゾンのそれに比べると全く親しみやすく、ゲストに緊張を強いるといったことはまずありません。若いカップルのここぞというデートに最適。このあたりは意外にグランメゾンが無いので、当店は表参道のナポレオンとなること間違いなし。若き名店に乞うご期待。

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