壽司 なを㐂(すし なおき)/東山(金沢)

2020年5月という地獄のタイミングでオープンした「壽司 なを㐂(すし なおき)」。金沢屈指の観光地「ひがし茶屋街」から徒歩5分ほどなのですが、観光客は訪れることの無いエリアであり、凛とした外観が街並みに上手く溶け込んでいます。
店内はカウンターが7-8席のみ。パリっとした清潔感が漂い鮨屋のお手本とも言うべき内装です。元はラーメン屋だったというから驚きの改装力。ゲストは地元の方が殆どであり、「片折」のような港区の同窓会店とは一線を画す客筋です。

北直幸シェフは金沢市出身で、市場や漁港でプロを相手に腕を磨いてきました。今どきの鮨屋としては珍しく、お好み(メニュー表から好きなものを自由に注文)のみでの営業です。
この手の鮨屋としてはお酒が破格。ビールは500円かそこらであり、日本酒も1合で千円を切って来ます。魚と同様に日本酒も地物が殆どであり、「俺は石川県でやっていく」というシェフの決意を垣間見た気がしました。ワインもチリワインなど手頃なものがオンリストされており、何でもかんでもケンゾーを置きたがる港区のアホな鮨屋が学ぶべき姿勢でしょう。
まずは地アラのアラ炊きと、何とも贅沢なお通しです。これが白身魚と驚くほど脂が豊かで、高級日本料理店でそのまま出てきてもおかしくないクオリティの高さです。
仕入れた魚があって、そこから先の調理は本当に客の自由。私はサバを炙ってもらってぬたで頂きました。旨味たっぷりのサバの脂と甘酸っぱいソースが良く合います。オマケ(?)でタコが添えられているのも嬉しい。
アジのなめろう薬味はたっぷりですが調味は穏やかで、アジそのものの美味しさがビンビンに伝わって来ます。パリっとした海苔と共に大そう酒が進みます。
バイ貝はスライスしてバター焼きで。コリコリとした食感にコッテリとした動物性脂肪のコクが不思議にマッチします。薄切りのシイタケも裏方のワカメも心憎い演出です。
ハチメは煮付けにして頂きました。石川県を代表する魚でありメバルの仲間です。フルフルとしたゼラチン質が享楽的な味覚を奏で、濃いめの調味が酒を呼ぶ。何なら白ゴハンでももらいたい気分です。付け合わせのゴボウも大変美味しい。
ハチメを独りで丸々一匹頂き腹が膨れつつあったのでにぎりに移行します。このあたりの自由度の高さは、都心のあてがいぶちのコース料理を2回転させる自称高級店では絶対に得ることのできないものでしょう。
アジを今度はにぎりで出して頂きました。プルンプルンとした歯触りに仄かに香る鉄の味。やはり私は青魚が好きだ。
岩ダコはガッチリと頑強な食感で、ややもすると繊維が奥歯に挟まってしまう勢いです。噛みしめるほどのタフな旨味が滲み出てくる。
〆サバをにぎりで。〆サバといっても穏やかな調味でありサバ本来の健全な味わいもしっかり愉しむことができます。
コハダは4枚づけでやってきました。〆サバと同様に穏やかな〆具合であり、酢の刺々しさは微塵も感じさせない丸みのある味覚です。
ぼたん海老は軽く火を入れ甘味を増してよりジューシーに。私が注文すると「それじゃ私も」「おれもー」「こっちもふたつー」と店内に謎の一体感。これぞアラカルト方式の鮨屋の醍醐味である。
イカとコノワタを巻物で頂きます。コノワタの強烈な塩気と旨味が味蕾に響き、巻物ながら酒の進む逸品です。ローカーボを目指す方はツマミでもらっても良いでしょう。
ハマグリをお椀でお願いしたのですが、思わず二度見するような大サイズが2ピースもぶち込まれており、全ひな祭りが集合した1杯です。これは焼いてツマミで食べても良かったかもしれませんが、ハマグリのエキスが流れ出たスープも絶品であり、これまで鮨屋で食べたお椀ではトップクラスの満足度です。
〆はやっぱりカンピョウ巻きで、糖質を肝臓にチャージします。おしながきに個々の値段は表記されていないためお会計時は背筋が伸びますが、さんざんっぱら飲み食いしてひとりあたり1.3万円でした。最高かよ。
店内にはテレビが掛けられており、その自由な注文スタイルを含めある意味では昭和の町の寿司屋なのですが、その概念を現代風に綺麗にアップデートしています。方向性は異なりますが、立ち食い寿司を今風にアレンジした「ブルペン(BULLPEN)」に近い価値観を感じました。

隣のニイチャンはひたすらアジとサバの間を遊弋しており思わず頬が緩む。もちろんお好みで食べているとセレンディピティは叶わないかもしれませんが、やはりこの価格設定と自由度の高さ、敷居の低さに係る魅力には抗えない。地酒も地魚も多いので、「金沢で良い鮨屋ない?」と東京の人間に聞かれれば、いの一番に推したい鮨屋です。

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北陸新幹線開通前は秘境的な小京都として魅力があった金沢。開通後は客層が荒れだし、土日連休は東京のガチャガチャした人ばかりです。それは飲食店においても同様で、金曜日の夜から日曜日にかけての鮨屋など港区のちょづいた店と雰囲気は似てきています。きちんと食事を楽しみたい方は、連休を外して訪れましょう。
「大人絶景旅」と銘打ってはいますが、石川の名所をテンポ良くまとめています。グルメ情報も多くモデルルートの提案もあり、広告だらけのガイドブックとは一線を画す品質の高さです。