L字カウンター10席のみ1回転というプラチナシート。新留修司シェフは背が高く銀髪のナイスミドル。銀座「天一」で経験を重ね2013年に独立。食べログ1位と言えども気取ったところは一切なく、頼れるアニキといったざっかけない雰囲気です。
酒が安く、日本酒など1合千円~と居酒屋レベル。大越マスターオブワインがワインリストを監修しているとのことですが、やはり天ぷらにはビールと日本酒である。
トウモロコシのすり流し(?)で開幕。甘味が強いものの品が良く、キリっとした温度が心地よい。
アズキマスをサラっと昆布締めに。歯ごたえが良く旨味もあって美味。
濃縮に濃縮を重ねたハマグリのエキスを茶碗蒸しに。滑らかなプリンのような舌ざわりに強烈なハマグリの旨味。参宮橋「ボニュ(Bon.nu)」あたりが好みそうな芸風です。
モズクにジュンサイ。このモズクは美味しいですねえ。私はモズクという食材につき、嫌いではないのですがあまり興味もない、という評価していたのですがこのモズクは別格。ズルズルっと飲み下し思わず恵比須顔です。ジュンサイのゼラチン質もヒンヤリと気持ちよい。
天ぷらに入ります。まずは海老の脚を素揚げに。甲殻の旨味が凝縮されビールが進みます。
車エビ。その場で卵を割り氷水でシャカシャカしマイナス45度に冷やした粉を溶きほぐしジュワっと揚げます。たっぷりと空気を含んだ衣であり軽やか。海老も甘い。10人分を一気に揚げるのではなく、小ロットで丁寧に丁寧に調理するのが印象的。「何年やってもコレばっかりは毎回緊張する。仕込みが終わってからもライブで失敗する余地が大いにあるから、天ぷらは本当に怖い料理です」と頭をかく店主。
熟成させたアオリイカ。2週間以上寝かせているというのにピカピカに輝く白色に圧倒されます。ネットリと官能的な味わいはまるで上質なブルゴーニュの古酒のよう。
甘長トウガラシ。青い香りが心地よく、揚げ物とは思えないほど爽快感の溢れる逸品。
大きなキス。フワフワとした食感ながらもサイズがかなり大きく食べ応えがあります。
トウモロコシ。スイーツかと思えるほど甘味が強く、冒頭のすり流しとはまた違った魅力がありました。
白エビの大葉巻き。白エビのクリアな味わいにシソの風味がふんわりと漂います。
ペコロスもやはり甘味が強い。静岡の「成生(なるせ)」ほどではないにせよ、中々に野菜にも振り切っている印象です。
岩牡蠣。うっわー、これはもう、めっちゃんこ旨いですね。これまで食べた牡蠣料理では六本木一丁目「エディション コウジシモムラ」の「海水で軽く火を通した牡蠣の冷製 海水と柑橘のジュレ 岩海苔風味」が一番だったのですが、その印象を軽々超えてくる美味しさです。ジュワジュワと感じる濃密な海のエキス。参りました。
アワビはまずはシンプルに蒸したものを。酒や出汁などややこしいことをしなくても水だけでこんなに美味しくなるんやな。
揚げます。より複雑味が増し、味覚のレーダーチャートが大きくなったように感じました。
イタリアのズッキーニ「ロマネスクズッキーニ」。水分をしっかりと保ったジューシーなもの。普通、天ぷらは水分を抜いていく料理なのですが、当店の揚げは水分をしっかりと残し瑞々しい状態に保つのが特徴的です。
海苔を揚げ、トップに2種のウニを山盛りに並べます。ウニに目が行きがちですがポイントはやはり海苔。力強い磯の味わいはウニをいくら乗せたとしてもしっかりと海苔味にまとめ上げてくれました。
あなご。柔らかいといったら語弊があるのですが、菜箸でズバっとやっただけでふたつに割れる軽くて脆い質感。独特のアナゴ臭さはなく上質な白身魚といった印象です。
お食事は天丼か天茶いずれかからの選択。私は天丼。天丼っていっても才巻海老やホタテの風味が強烈であり、〆の炭水化物というよりは最後の最後まで旨い天ぷらを食べたという印象です。
お新香は自家製。しみじみ旨く、酒をフィニッシュするに最高のアテとなりました。
お椀には山椒がたっぷりと用いられており、何とも言えない独特のコクが生まれ美味しかった。家でも真似してみようっと。
デザートはかなり早い段階から揚げ続けていたサツマイモを作りたてのジェラートと共に。蜜を感じる黄金のサツマイモが絶品。ジェラートにも添加物は一切なく和三盆だけで上質な味覚です。
以上、3時間半をかけて食べ、お酒をそこそこ飲んでお会計はひとりあたり4万円。むむう、さすがの支払金額です。私は天ぷらに係る経験に乏しく95点と100点の違いは正直わからないためやっぱ4万は高いなあと思いましたが、それでも圧倒的ともいうべき揚げの技術は感じ取ることができました。
何と言っても店主のキャラがいいですね。なぜこのように揚げるのかという仕組みを素人でもわかるよう平易に解説してくれる、論理的で理知的な天ぷらです。まさにサイエンス。
彼は天ぷら業界の未来にも本気で危機意識を持っており、これぞ料理人の鏡ともいうべき使命感と矜持をもって仕事に取り組んでいます。当店への訪問は調理師専門学校の必修科目に加えるべきである。
帰り際に次の予約を取るようなことはせず、あくまでOMAKASE経由でしか受け付けないので、ある意味フェアなお店です。「常連だからといって優遇することは一切ない。新規の客が来てくれたほうが気づきが多いので大歓迎」と、最高峰ながらも敷居は低く、究極の入門編ともいうべき天ぷら店。
帰り際、「また来てくれよっ」とバンバンと私の背中を叩いてくれ、面倒見の良い部活の先輩のような懐かしい感覚。自分が料理人ならこういうお店で働きたいな。
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天ぷらって本当に難しい調理ですよね。液体に具材を放り込んで水分を抜いていくという矛盾。料理の中で、最も技量が要求される料理だと思います。
- にい留(ニイトメ)/高岳(名古屋) ←究極の入門編。
- 板前てんぷら成生(なるせ)/新静岡 ←清濁併せ呑んで天ぷら業界の未来を指し示す。
- みかわ是山居/門前仲町 ←アナゴの揚げは神業。感動的ですらある。
- てんぷら前平/麻布十番 ←プロフェッショナルのあるべき姿。
- たきや/麻布十番 ←ミシュラン3~2ツ星は当選確実。
- てんぷら山の上/六本木 ←大規模商業施設のレストランの中では絶品の天ぷら。
- 天冨良よこ田/麻布十番 ←大将しゃべりすぎ(笑)。味は確か。リーズナブル。
- 天ぷら畑中/麻布十番 ←味は大したことないけど量はたっぷり。
- 天ぷら魚新/恵比寿 ←お魚屋さんがルーツの魚介が滅法旨い店。
- 天ぷらまき/鳥栖 ←1,000円で腹いっぱい。こういう天ぷらもアリ。
- 天ぷらめし金子半之助/六本木一丁目 ←肝心の天ぷらが全然美味しくない。
- 天丼 金子半之助/小川町 ←だがしかし天丼だと美味しく感じる不思議。
- 楽亭/赤坂 ←我が心の天ぷらランキング1位。惜しくも他界。
てんぷら近藤の主人の技術を惜しみなく大公開。天ぷらは職人芸ではなくサイエンスだと唸ってしまうほど、理論的に記述された名著です。スペシャリテのさつまいもの天ぷらの揚げ方までしっかりと記述されています。季節ごとのタネも整理されており、家庭でも役立つでしょう。