照寿司(てるずし)/北九州

世界で最も有名な鮨職人と評しても過言ではない渡邉貴義シェフ。「スシ・オペラ」を標榜し、エンタメ感たっぷりに鮨を提供するスタイルが外人に大ウケ。ニューヨークのポップアップイベントに4か月間も招聘され、ニューヨークタイムズ紙の1面を飾りました。ちなみに渡米は「タレント」としての契約らしいです。
さてその渡邉貴義シェフがイベントを終え、北九州は戸畑の地に戻ってきました。小倉駅からタクシーで20分と辺鄙な立地。こんな場所(失礼)でも世界と渡り合えるのです。もちろん世界の有名店でド田舎にあるというのは普通のことなので、そういう意味でも世界基準なのかもしれません。
舞台さながらの店内。貸し切りであれば10席入れたりすることもあるそうですが、通常営業であれば6~7席に留めるそうです。「無理に詰め込んじゃうと、きちんと目を見てお話できないじゃないですか」とチャーミングな大将。一方で、カウンターは団体戦であり同席した客の姿勢によって食後感がかなり左右されるので、貸し切りにしたほうが無難と言えば無難かもしれません。
大前は突先(とっさき)に大量のウニ・キャビアを盛り込みます。突先とは鮪の後頭部に当たる部分であり、いきなりオールスター戦が始まりました。
牡蠣にウニに赤ナマコ。「ナマコはその辺で獲れたやつです」と、特殊な産地のものではないらしいのですが、コニョコニョと実に柔らかくナマコの概念が覆ります。カキやウニは想像通りの味わいでしたがナマコには1本取られました。
近海ものの貝類に「その辺で獲れたワカメです」。この生トリガイは衝撃の味わい。スっと歯が入りそのまま噛み通すことができ、磯の甘味が広がります。トリガイって永遠に噛み切れない食材という印象ですが、当店のそれはニュー・ジェネレーションを感じさせるものでした。
「ニューヨーク帰りなので、トランプタワーをイメージしました」と、爆弾サイズのアワビを豪快に切りつけ、皿の上でに縦に立てます。ヌチャヌチャと官能的な食感に海の香り。
彼はニューヨークから連れて帰ってきたフロリダ出身の鮨職人、ヘンリー。炊き立ての白米に黒色に近い酢をぶちまけ、バババとアラミニッツでシャリを作ってくれました。
先の皿にシャリを乗せ、追い肝ソースで2度美味しい。「ウチの食材は9割方、地元のものです。豊洲を追いかける必要なんてない。こんな田舎からも世界を目指せるんです」
「ジュゴンです」と、柔らかい陶器のような物体をプレゼンテーション。これ、トラフグの白子なんです。精巣でこのサイズなのだから、本体はどんな感じなのでしょう。
その白子を生のまま頂きます。うっひょー、そんなことして良いの?という背徳感。魚介類というよりは乳製品か何かを食べたかのような、ミルキーで滑らかな味わい。
魚を藁で燻し、目の前でパカっとしてくれます。店内に広がる香ばしいかおり。まさに5感で楽しむ鮨屋です。
お魚はメジマグロ。香りが強く、少し焦げた表面も含めてまるで牛肉のステーキを食べているかのよう。
25kgのクエ。ゲストひとりひとりの撮影のために暫くのあいだ抱えっ放しなのですが、国際武道大学で柔道を修めた腕力は伊達ではありません。ひとりでもクジラと戦えるほどの逞しさがあります。
クエは2週間の熟成。淡泊な味わいの魚がじっとりと旨味を増してきました。調味料代わりのウニで甘味を補填します。
ノドグロの炙り。一般的な鮨屋の倍はありそうなポーションです。大判の海苔と共に大口をあけて一口で頬張ります。
先の白子を焼いてにぎりに。ミルキーさに香ばしさが加わり、口の中で官能的なリゾットが完成しました。
サムライさながらの決めポーズで魚をさばく大将。シャッターチャンスにもたついたゲストがいたとしても、何度も同じテンションでドヤ顔を再現してくれます。「照寿司は待ちますので、慌てないで大丈夫ですよ!」このノリを3回転保っているのが凄い。
「バタフライ」と称し、サバが手渡されました。なるほど同じサバでも切り方ひとつでエンターテインメントに生まれ変われます。ちなみに昔は「ウグイス」と呼んでいたそうです。
パターン青、使徒です。一般的な寿司屋の3~4倍はありそうなサイズの赤貝がやってきました。グシャっと噛むと口に広がる昆布の香り。大きいだけでなく味も極上の1カンです。
先にも出た生のトリガイ。いやはや何度食べても旨いものは旨い。まさかトリガイがこんなに柔らかいだなんて、ブラインドで食べればトリガイとは答えられないかもしれません。
スパイダーマンがそうするように手のひらを差し出す大将。その上には人生で最大とも言えるクルマエビ。ひっくり返して頂くのですが、その様はまさにクルマエビのホットドッグ状態です。
ヤリイカの内側には再びウニが忍ばされています。たくさん包丁が入っており、ジューシーなウニと共に飲み物のようなにぎりでした。
ハマグリもやはり特大。出汁で炊かれており、ハマグリの旨味と相まって享楽的な味覚です。磯の風味に柚子の香りがとても良く合う。
イワシも常識外れの分厚さにゴリっと包丁を入れており、猛々しい味わいです。この切り身だけで50グラム以上あるんとちゃうか。
トロは当然に美味。キレイな緑色のワサビをたっぷりつけてピリっといただきます。
今度は包丁を入れ、玉ねぎソースをたっぷり塗って上質な焼き肉のような味わい。まさにブレーキ知らず。緩急は一切ありません。
と、ハシゴを外すかのようにヒラメ昆布締めがやってきました。しかしその厚みは1cm近くあり、こんなに食べ応えのあるヒラメは初めてです。
サワラは3週間寝かせています。丸刈りに蝶ネクタイとパンチのあるビジュアルではありますが、魚に対してギークな面も見せる店主。
コハダ。なるほど伝統的なタネもきちんと美味しい。すべては原則あっての例外なのだ。
フィナーレは天然のウナギを焼き上げてシャリに載せた「うなぎバーガー」。問答無用の美味しさであり、素材の勝利です。
ギョクはクルマエビとホタテをたっぷりと練り込んでおりエビの香りが際立ちます。

いやはや、びっくり仰天の鮨屋でした。広尾「81」は月面に着陸するくらい画期的に感じましたが、当店は画期的だけでなく抜群に美味しい点がポイント。世間は偏見に満ちており賛否両論ではありますが、私はプラスもマイナスも両方とも吸収したい主義なので、このような冒険的な料理店は大歓迎。
人によってはふざけているようにしか見えないかもしれませんが、大将はアリとキリギリスのハイブリッドであり劇場型ながら熱心な研究者でもある。ゲストの心の機微に敏感でものすごく気が利き、愛くるしい。難解でシリアスな鮨業界に一石を投じる芸風であり、インスタ全盛の現代にマーケットインした上で地元の魚の美点を伝えるプロダクトアウトする偉大なお店。訪れる際は、同じ小倉にある「天寿し」とセットで「アマテラス」でどうぞ。


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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
この本は素晴らしいです。築地で働く方が著者であり、読んでるうちに寿司を食べたくなる魔力があります。鮮魚の旬や時々刻々と漁場が変わる産地についても地図入りでわかりやすい。Kindleとしてタブレットに忍ばせて鮨屋に行くのもいいですね。

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