業界人(?)らしく個室の店に予約を入れる彼女。「うーん、お店を選ぶ基準はどうしても『個室』『店が芸能人に慣れている(いちいち騒がない)』『深夜営業』になっちゃうよね」
で、どうなの?ラウンジの仕事は?肌理の細かい生ビールで喉を潤しながら私は尋ねる。「飲みすぎて体調崩しちゃってさ。もうお酒なんて見たくもないわ。あ、シャンパーニュ、グラスでおかわりお願いします」
「あの後すぐにラウンジは辞めちゃってさ、今は銀座のクラブで働いている」後ろめたさが混入した表情を向ける彼女。また水商売か。私はこれみよがしに溜息をついてみせる。「でもね、銀座デビューしてすぐに『係』になるのって、すごいことなのよ?普通はヘルプからなんだから」
係?係って何だよそれ。掃除当番とか日直とかそっち系?「うーん、銀座には独特のルールがあるんだよね。そのへんのキャバクラはピン芸人たちの個人戦なんだけど、銀座のクラブは団体プレーのチーム戦なの。で、そのチームのキャプテンが『係』ってイメージかな。わかる?」全然わからない。
「『係』はそのチームの売り上げに責任を負っていて、歩合制の要素が強い。ヘルプの女の子は日給制が多いかな。例えばあなたが銀座のお店に行くでしょ?すると『係』が割り当てられるわけ。で、その『係』のチームが一丸となってあなたを楽しませるの」ふうん、でも、その『係』そのものが僕のタイプじゃなかったらどうするわけ?
「どうしようもないわね。『係』は永久指名制だから、あなたがその店に行き続ける限り、あなたの担当はその『係』なの。嫌ならお店を変えることね」聞けば聞くほど凄いシステムです。ただ、狭い店内で前の『係』がいたりすると互いに気まずい思いをするので、仕方のないルールなのかもしれません。ジェラシーは緑の目をした怪物なのだ。
「もちろん『係』だからといってずっとあなたの相手をしてるわけじゃないのよ。ヘルプのホステスが何人かいるから、その中で好きなタイプの女の子と飲んでいればいいわけ。連絡先を聞いてもいいし、口説いてもいい。ただ、ヘルプの女の子はいくら売り上げても日給は変わらなくて、その売り上げはチーム全体すなわち『係』のものになるってわけ。極端な話、あたしは出勤しなくても、ヘルプの女の子たちが売り上げてくれれば、あたしはお給料が貰えちゃうの」
なんだかマルチ商法みたいだなあ。で、キミがやりたかったことってそんなことなんだっけ?ひょいと花火を放り込んでみると、途端に眉間に皺を寄せる彼女。目つきが変わるとはこのことである。
「何よ、久しぶりに会ったらまた説教?あたしの人生を応援しようって気は無いの?」応援?応援ねえ。キミのゴールが銀座にあるなら応援するけど、キミのゴールはそこなんだっけ?20代は短いぞ。放っておいても関心が向いて、自然とお金や時間を使ってきたことに取り組むべきなんじゃないの?
「うるさい。そんなことあんたに言われなくても、あたしが一番よく分かってる」彼女の頬を一粒の涙がつたう。さすがの演技力だねえ。映画に何本も出ているだけのことはあるよ。でもね、泣いて解決する問題なんてひとつもないんだよ、ひとつもね。
「どうして久しぶりに会うってのに、説教ばっかりするのかなあ」それは、僕がキミの可能性を信じているからだよ。人を信じないで傷つくぐらいなら、信じて傷ついたほうがいいじゃないか。
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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。