未在(みざい)/東山(京都)

京都は円山公園の一角に佇む「未在(みざい)」。ミシュラン3ツ星を堅持し続け食べログでは4.60(2019年10月)の銀メダル。全国の食通憧れの和食店です。
八坂神社を通り抜け夕暮れの円山公園を抜ける。この演出は堪らない。タクシーでギリ近くまで寄せることも可能と言えば可能ですが、時間に余裕がある方は是非お散歩とのセットで訪れましょう。
17:30との案内があったのですが、その時間になっても開く気配がありません。結局ゲストの殆どが店の前でズラズラとたむろする形となってしまい、雰囲気もへったくれもありませんでした。
なんとか入店。店内はカウンター14席に6名の個室がひとつ。1日1回転の18時から一斉スタート形式です。が、実際には18時には始まらず全体を通して割とチンタラしたオペレーションです。公式ウェブサイトには「所要時間3時間」と明記されていますが、実際のところは入店からカウントすれば4~5時間といったところなので、終電で帰る人は気をつけましょう。

石原仁司シェフは15歳から料理の道を歩み始め、「高麗橋吉兆」で研鑽を重ね24歳で「京都吉兆本店」の料理長、38歳で総料理長に昇り詰めるという華々しい経歴です。
さて、当店は口にするものの写真は全てNG。御殿山「カンテサンス(Quintessence)」は個室であれば写真OKですが、当店は何があっても全面的にNGです。そのため今回は文章のみでお届けします。

まずはシオコウセンを用いたお汲み出しで内臓を温めます。シオコウセンとは塩鉱泉のことでしょうか?平たく言うとしょっぱいお湯を飲む。そういうことです。

飲み物は何にするかと問われたので飲み物メニューを借りると値段が一切書いてありません。ビールやソフトドリンクならまだしも、ボトルワインにまで価格を記さないとはどういった意図があるのでしょうか。しかもそのワインたちのランナップを結構すごくて、5万10万取られても文句は言えないスターたちが勢ぞろい。恐ろしくて生ビールしか注文できませんでした。

最初に主人から茶懐石についての簡単なレクチャーがあり、序盤はそれに則って食事を楽しみます。ゲストひとりひとりに対して主人から丁寧にお膳を手渡され背筋が伸びる。

お膳には島根の新米を炊いたご飯がほんの一口に、赤出汁のお味噌汁、向付。お椀には葛焼が入っておりもっちりとした食感が美味。ただしゴハンとスープそのものは一般的な味わいでした。

続いて未在オリジナルの日本酒にキンモクセイを浮かべた酒を一口。花の香りが素晴らしい。向付は5種のキノコを白和えにしたものに、金時ニンジンを炊いたもの、ならびにその葉をおひたしにした1皿。

このころになって注文した生ビールが届くのですが、そのサイズのあまりの小ささに戦慄する。銀座「小十(こじゅう)」に匹敵するミニチュア感です。

お膳を食べ終わると続くのは刺身の盛り合わせなのですが、その準備に20分以上を要するので正直ヒマです。目の前で数人がかかりでせっせと盛り付けている様が見えるのであまり強くは言えませんが、もうちょっとやりようはあるような気がしました。

刺身はタイが2種に剣先イカとそのエンガワ、ブリとそのスナズリ・皮の部分、マグロは3種あり大間と戸井のものを食べ比べます。ヅケもあれば皮焼もありマグロに占める比重は大きい。いずれも生魚としては最高峰の味わいであり、それぞれ数切れがドカーンとまとめて盛り付けられるため、圧倒的な迫力を感じました。しかしながら連れは「魚金みたい」と割と台無しなことを言ってくれます。

お椀にはグジ、生湯葉、松茸、柚子。松茸は信州産のものであり、グジの味覚が霞んでしまう程の強い存在感があります。出汁の味わいは上品ながら旨味もキッチリと伝わって来、相当のレベルに感じました。

日本酒を所望すると「未在オリジナルを4種順番にお出ししましょうか?」と、これまた意図がよくわからない提案。オリジナルと言われると値段が全く読めないのも恐ろしい。具体的に4種とは何かを聞き、そこまで高くはないだろうと思われるものにアタリをつけ注文。こんな心理状態で飲む酒の旨さといったら中くらいである。

肉は奥出雲の黒毛和牛なのですが、ホットプレートで焼いているのが丸見えでテンサゲです。もうちょっと演出はあるでしょうに。ハチミツと実山椒のソースをかけて頂くのですが、嫌な予感はあたるものでこれが全く美味しくなく、そのへんの焼肉屋のほうがレベルは上です。付け合わせの甘唐辛子と野菜はグッドでした。

「肉に合わせてグラスワインはどうか」との提案があったのですが、近くのゲストがお願いしているのを横目で見ながら丁重にお断り。なんとそのグラスワイン、ケンゾーの紫鈴(rindo)の16なんですよね。酒屋で買って1.5万円ぐらいするボトルを銘柄も値段も伝えずグラスで出すんかい。しかもこの肉料理に。フランス料理店に日常的に出入りしている私としては相当の違和感を覚えました。

箸休めには茶碗蒸し。具材にはハモや松茸、銀杏がたっぷり。箸は全く休まらず寧ろ加速する勢いであり大変美味しかった。

続いて八寸なのですが、刺身に並んで盛大な盛り付けであるためやはり20分近くの準備時間を用意します。しかしその待った甲斐は充分にアリ。こんなにも独創的でゴージャスな八寸は初めて見ました。八寸といえば銀座「しのはら」のも有名ですが、当店のそれはその上をいくスペシャルなものです。

内容は鮎のかき揚げに始まり、菱の実、栗、サツマイモ、サトイモ、ピーナッツ、えびせん、枝豆、いくらの小丼、鴨肉にプリン的なもの(?)、クラゲとキュウリ、鯛(?)の手毬寿司、ブリの大根巻き、鰯の煮物、イモにトコブシ(?)などなど。料理に係る個別具体的な説明は無かったため、半分ぐらい外れているかもしれませんがご容赦を。

続いての炊き合わせはニシンとサトイモ。こんなサトイモがあるのかと仰天するほどのサイズであり、ジャガイモほどの大きさがありました。

強肴には伊勢から届いたアワビにその肝のソースと煮汁のジュレ。これはもう間違いのない味覚であり、付け合わせの塩ワカメも人懐っこい美味しさ。味噌と共にたっぷりと頂く毛ガニも酒が進み、焼霜づくりのカマスも旨味が抜群。

〆の食事はほんの少しだけ盛り付けられた白米に、「焦がし湯」と称したおこげがたっぷり入ったお湯(?)を流し込み、お茶漬けのようにサラサラと頂きます。調味は無いに等しいので、備え付けの漬物などで塩味を添加しましょう。素朴で美味しいのですが、これまでの文脈からごっついゴハンものを期待していただけに肩透かしを食った形です。

お茶菓子は出来立ての栗きんとんに大徳寺納豆の松露。お茶は主人自ら八坂神社の神水を用いて点てて下さいます。京都で食べる和食の美点である。

水菓子は2皿。まずは柿、葡萄、ラ・フランス、梨、イチヂクなどを盛り付けたベーシックなもの。ブルーベリーや夏みかんのコンフィチュールなど絶対値の大きい味覚が随所に配置されており、アクセントとして良かったです。

2皿目はパフェのような盛り付けとなっており、種々の果物に加えてソース的な物も流し込まれていました。この水菓子2皿でなんと61種類の果物を摂取したことになるそうな。

お会計はふたりで11万円弱。食事代は公式ウェブサイトに49,500円と明記されていたので、気になる酒代はビール3杯に日本酒1合で6~7千円という計算です。

因数分解してみると、全体としてのボリュームが一般的な和食店の1.5倍近くあるので、普通の量換算すると食事代は3.3万円といったところでしょうか。東京で食べることを考えれば割安であり、京都で食べることを考えれば相場通り。ただし普通の女の子はあんなに食べることはできないので、そういう意味では割高に感じる人もいるかもしれません。

酒については節約に節約を重ねて注文した結果であって、お店の進められるがままに注文していたら一体いくらになることやら。この店はコストを気にしながら食べる店ではなくお前がケチでビンボーだからだと言われればそれまでですが、普通の金銭感覚であれば気後れする仕組みであることは間違いありません。一方で、きちんと値段を明記してくれたのであれば、少なくとも私はもっと日本酒を楽しんで支払額も増えたのではないかという不思議な疑念もあります。
全体としての感想。難しいお店です。美的センスやプレゼンテーション力は天下一品であり、あの刺身と八寸の盛り付けは一見の価値あり。ただし味覚そのものは唯一無二のものかと問われるとそうでもなく、いつかどこかで食べた味がしました。酒の気まずさについては既に述べた。
ロケーションや建物の雰囲気、料理の見栄え、支払金額は超一流。美食の追求やオペレーションのリズム感、費用対効果という意味ではどうでしょうという印象。1万円が100円ぐらいの感覚の人じゃないと、心から楽しめないんじゃないかなあ。


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