「我が家のように」という店名らしく素朴で温かい雰囲気の店内。年配の常連客が多く、一目見てフランス料理ガチ勢とわかる客層です。
26歳だというのに随分と渋いお店を選んだねえ、もっとキラキラしたお店のほうが似合ってるんじゃないの?私は言うに事欠いて意地悪な質問を挙げてみる。「あたしはね、料理人の顔が見えないレストランは嫌なの。ウニやらイクラやらキャビアやらトリュフやらをテンコ盛りにして写真撮るだなんて阿呆のすることよ。お金を払えば手に入る味覚なんて料理じゃない」
アルコールは1,000円を切る価格から始まり、ボトルワインも5千円台からあります。ワインリストは手書きであり、相当に地域が偏っており、店主の愛情は料理だけでなくワインにもたっぷり注がれていることが示されています。
「もちろんそういうキラキラしたお店に呼ばれることも立場上多いけど、反応に困るんだよね、全然美味しくないから。そういうお店を嬉々として貸し切る男たちもお里が知れるわ」あたしは注文する料理、既に決めてるから。彼女はメニューも見ずに勝手に1杯やり始めました。
サービスの方から「今まさに最高の状態なので是非」と自信をもって勧められた「ピレネー山麓の古代種ビゴール豚の生ハム」。正直生ハムだけで2,500円という価格設定には腰が引けてしまいますが、この選択が大正解でした。溶けの良い脂はじっとりと甘くコクがあり、塩気は決して下品でなく、ナッツのような芳醇な香りが鼻の奥から抜けていきます。その辺のスーパーで売られている生ハムとはまるで別物の、正気を失う美味しさでした。
「ランド産鴨のフォアグラのテリーヌ アルマニャック風味」。見事なまでにインスタ映えない、完全に時代に取り残された料理です。しかし、これが、旨い。調味は殆ど感じられず、フォアグラの重厚な味わいとアルマニャックの風味が響き、大人の味わいです。
「ここのシェフの誕生日って8月31日なのね、ヤサイの日。なのに彼ったら肉料理ばっかり」彼女は独特の作り笑いを浮かべた。なんでお前シェフの誕生日知っとるねん。
「山羊乳のチーズ『ロカマドゥール』のサラダ シェリーヴィネガーとヘーゼルナッツオイルのドレッシングで」。とろりとトロけるロカマドゥールの香りがとても良い。野菜たちも全ての表面に丁寧にドレッシングが行き届いており、サラダと言うよりツマミと評すべき味の濃さです。
スペシャリテの「スープ・ド・ガルビュール」。フランス南西はランド地方のご当地グルメであり、決して派手な料理ではなく、実直かつ重厚、それでいて家庭的な味わいです。
「これはね、生ハムの骨とか皮とかスネ肉でダシをとってね、白インゲン、根セロリ、カブ、ジャガイモ、ポワロー、ちりめんキャベツを崩れるまで煮込むの。豚肉を1ミリも無駄にはしないって精神から生まれた郷土料理ね」と、ヲタクな彼女の解説が続きました。誰だよお前。
追加で「ピマン・デスペレット(PIMENT D'ESPELETTE)」をかけてもOK。いわゆる一味とは全く異なる味わいであり、全体として複雑で、マイルドな辛味に甘味すら感じられる奥行きのある風味です。
「ピマン・デスペレットってのはね、フランスで唯一、調味料に与えられたアペラシオンなの。仮に成分が同じだったとしても、エスペレット村以外で生産されたものは、ピマン・デスペレットって名乗っちゃいけないのよ」だから誰だよお前。
メインは「シャラン鴨の心臓の串焼き ニンニク風味」。こんな心臓でやっていけるのかと心配になるほど柔らかな歯ざわりであり、ブラインドで食べれば心臓だと答える自信は全くありません。かなり思い切った味付けであり、日本の焼鳥とはまた違った趣のある力強い串焼きです。
ワインをもう1本。かなりどす黒めのカオールを頂きます。やっぱこれぐらいの価格設定だとガンガン飲んじゃうなあ。「だからさぁ、あたしがさぁ、あなたにさぁ、近づいたのゎ、あなたのその感性とか価値観をあたしのさぁ、人生にさぁ、取り入れるべきと思ったわけだからょ」2人で2本、由緒正しき酔っ払いの完成です。
お茶菓子としてふるまわれるカヌレも絶品。そこらで売られているものとは別格のクオリティであり、外皮の強烈な歯ごたえがと内部のしっとりとモチモチした食感もクセになる。
お会計はふたりで3万円弱。これだけ食べてワインを2本飲んでこの支払金額はリーズナブルでしょう。つかず離れず時おり懐に飛び込んでくるサービスの間合いも絶妙であり(彼は実は料理人であり、昼間はガチで仕込んでると後から聞いた)、温かみのある内装と客層含め、抜群に居心地の良いお店です。本物のフランス料理を楽しみたい方は是非どうぞ。
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「好きな料理のジャンルは?」と問われると、すぐさまフレンチと答えます。フレンチにも色々ありますが、私の好きな方向性は下記の通り。あなたがこれらの店が好きであれば、当ブログはあなたの店探しの一助となるでしょう。
- ガストロノミー ジョエル・ロブション ←最高の夜をありがとう。
- アピシウス ←東京最高峰のレストラン。
- ナリサワ ←何度訪れても完璧。
- ナベノイズム ←世界観がきちんとある。
- ル・マンジュ・トゥー/神楽坂 ←接客は完璧。料理は美味そのもの。皿出しのテンポも良く、とにかく居心地の良いお店。客層も好き。
- TAIAN TOKYO(タイアン トウキョウ)/西麻布 ←流行り廃りに捉われないマッチョな料理。
- ア・ニュ Shohei Shimono/広尾 ←リニューアルしてリベラルに、旨けりゃなんでもいいじゃん的に
- ラフィナージュ(L'affinage)/銀座 ←王道中の王道。銀座とは考えられない値付け。
- ル・マノアール・ダスティン/銀座 ←まさに正統。
- SUGALABO ←料理だけなら一番好きかも。
- エクアトゥール ←天才によって創られる唯一無二の料理。
- ete(エテ) ←美食の行き着く先はお抱えの料理人。
- レヴォ ←人里離れた場所にありながら、日本いや世界でもトップレベルのフランス料理店。
- フロリレージュ ←間違いなく世界を狙える。
- クレッセント/芝公園 ←グランメゾン中のグランメゾン。
- アサヒナガストロノーム/日本橋 ←そこらのフランス料理店とは格が違う。
- ティエリー マルクス ←料理の良さはもちろんのこと、ワインのペアリングが見事。