と村/虎ノ門

客単価5~10万円と、都心の和食店としてはトップクラスの価格を誇る「と村」。戸村仁男シェフは「嵐山吉兆」や「京味」を長年支えた後に独立。ミシュラン2ツ星。シャルキュトリの名店「シャルキュ(CHARCUT)」のすぐ近く、大人のモツナポリタンで有名な「ビストロ・ソングラム(Bistro CentGrammes)」の斜向かいです。
カウンター6席に個室が2つの店内。写真は個室はOK、カウンターも貸し切りであればOKというスタンスです。我々はカウンター貸し切りでお邪魔しました。一見客はお断りの紹介制であるため、結果、大将は気持ちよく客の相手をしてくれます。
瓶ビールで乾杯。当店のアルコールはビールと日本酒の2種しかなく、常連が語るに「恐らく酒代は無料に近いのではないか?あったとしても誤差」とのこと。このクラスのレストランでアルコールに大して興味を示さない芸風は珍しいですが、ヘンに酒で儲けようとしない姿勢は私好み。
淡路島産のワタリガニで開演。カニそのものの味が濃く、俺カニ食ってるなあと自覚する逸品。特筆すべきはその量。最初の1皿の時点でカニ缶丸1個ほどのボリューム感がありました。
この日のメイン食材は天然の鰻。挨拶代わりにと、さっそく飯蒸しでの登場です。鰻は蒸さずに焼いただけなのですが、適度に水分量を保ち、外皮はバリっと、内部はホクホクと見事な仕上がりです。
続いて白焼き。まさに焼いただけなのですが、シンプル・イズ・ベストの真骨頂ともいうべき味わいです。パリパリふわふわジュワリジュワリと、今まで食べてきた白焼きとは何だったんだと人生を反省したくなる味わいでした。
イワシの唐揚げ丹波のクリ。こちらも素朴に揚げただけ。イワシの味そのものを楽しむ1皿です。
スミカマス。始めて聞く魚です(検索しても出てこない!)。カマスの一種とは信じられないほど清澄な味わいであり、春子鯛を思わせる透き通るような甘さが感じられました。これは、旨い。個人的にとてもツボな1皿です。
ハマグリは酒煎りで。ハマグリの美点をシンプルに凝縮した味わいであり、しみじみ、といったフレーズがよく似合う。
淡路島産のアマテガレイ。マコガレイの一種でしょうか、ヒラメを遥かに凌ぐ味わいであり、上品な脂と高潔な甘味に舌鼓。うず高く盛り付けられたそのポーションはちょっと信じられない量であり、満足を具現化したような刺身でした。
マツタケの土瓶蒸し。土っ気のある高貴な香りが充満し全身の血がたぎる。何とも厚いスライスであり、マツタケの歯ごたえを楽しむという経験は今夜が初めて。ハモもたっぷり入っていたのですが、その存在が霞むほどのマツタケ感でした。
アナゴにキヌカツギ。アナゴは美味しいのですが、やはり天然鰻に比べると印象に乏しい。もちろん全く異なる素材なので比べるのも野暮かもしれません。キヌカツギとは里芋の赤ちゃん。ただし当店のそれは赤ちゃんと言えども特大サイズであり、ゴロンゴロンと強烈な食べ応えがありました。
キノコ鍋。直径5センチはありそうなハタケシメジが圧巻。こんなに巨大なシメジがあるか?それでも大味ということは決してなく、マツタケとはまた違った魅力にあふれる食材です。
先のキノコ鍋に黒毛和牛タンをチョイとくぐらせ、しゃぶしゃぶにして頂きます。肉の旨さはさることながら、タンで取ったというスープが秀逸。おかわりもあって、なんやかんやで肉の量はひとりあたり100グラム近くあったのではないか。
お食事はゴハンセットか素麺のいずれかを選択できるとのことだったので、両方を選択することとしました。まずはゴハンセット。じんわりと炊かれたイワシが骨まで美味しい。ぐぬぬ、これをこのまま明日の朝食として引き継ぎたい気分です。
半田そうめんはツルっとした喉越しながら強い食感もあり、こんなに旨い素麺もあるんだなあと素直に感心しました。
甘味は葛焼き。小豆の代わりにトウモロコシを餡として用い、小麦粉をまぶして焼き上げます。素朴な見た目ながら実に味わい深く、最上級のコーンポタージュスープを昇華させたかのような味覚です。
お会計はひとりあたり7万円弱でした。酒については誤差と既に述べましたが、料理についても一般的な和食屋の1.5~2倍近くの量があり、用いる食材は世界最高と評しても過言はないことを考えれば、絶対額としては高いですが、意外にリーズナブルに感じます。

店主も「『高い』とか言われるけど、別に俺が値段決めてるわけじゃねえからなあ」と、恐らくは総括原価方式(商品やサービスを提供する原価に資金調達コスト、適正利潤を上乗せして料金を決定する)的な値付けであり、金もうけの意図など微塵も感じられませんでした。

1年に1~2週間しか出会えないような季節を切り取る、究極の旬を楽しむエンターテインメント。芸術や嗜好品という類のお店であり、費用対効果を論じるべきではないでしょう。季節を変えて、季節を楽しみに、またお邪魔したいと思います。


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