鈴田式(すずたしき)/麻布十番

麻布十番の木密地域に突如現れた厳かな外観のお店。このあたりは再開発が既に決まっていたはず。いったいどうしたことかと心配していると、なんと日赤通りの人気焼肉店「肉匠堀越」が手掛ける新業態であり、薪で燻し焼いて火入れをする薪和食とのことでした。
乃木坂46のようなダブルセンター方式。店名の由来は2人の料理人、田代秀人と鈴野翔吾から1文字づつ取って「鈴田式」です。大森区と蒲田区が合併して大田区が誕生した経緯に似ています。薪の燃える香りが食欲を刺激する。
カウンターの下にスマホ置きがあるのが今風。iPhone8以上であればワイヤレスで充電可能というハイテクな試み。
ビールはコエドの小瓶。1本キッチリ入るグラスの大きさです。日本酒などは1合2,000円前後が最多価格帯であり、中々の高級志向です。
だだちゃ豆。ビールに枝豆という伝統的なマリアージュで開幕です。だだちゃ豆には独特の香ばしいかおりが漂い、和系の旨味で風味付けしていました。
ハモ。私はそれほどハモを好まないのですが、この料理は例外。一切れ一切れがピンポン玉のように大きくムシャムシャとした食べ応えであり、それでいて独特のクセは除去されています。さっぱりとした味付けには残暑を払拭する旨さがあります。
目の前の薪の炎で焼かれたシイタケ。シンプルな外観ですが、実に深みのある味わいです。シイタケの香りの良さはもちろんのこと、薪の香りがふんだんに活かされています。薪焼きは熾火で焼くのが王道ですが、あえてグバっと炎で焼くことにも意味はあるのだ。
トウモロコシのすりながし。コチラも薪の炎で表面をバリっと焼き上げ、嗅覚と味覚にアクセントを持たせます。他方、液体そのものは冷製であり、甘味の強い素材をサッパリと食べるに丁度良し。
ナスの揚げ浸し。本当に揚げているのかと思わせるほどサッパリとした口当たりであり、噛み締めるごとに出汁の旨味がジュワジュワと滲み出る。単刀直入な味わいであり簡潔な美味しさです。
肉匠堀越」のスペシャリテがもう出てきました。太田牛のヒレ肉の部分を飯蒸しで。見た目通りの美味しさであり、100グラムはありそうなポーションに満足度がブチあがります。畢竟、肉とはサイズ感である。
肉でコッテリした口腔内をフルーツトマトでサッパリと。トマトの美味しさはもちろんのこと、やはり分かりやすい味わいの出汁とのコラボも見逃せない。肉から冷製トマトへと緩急織り交ぜたコース仕立ても楽しい。
そうめんには唐津の赤雲丹とキャビアをトッピング。そうめんは私の少年時代の自宅での食事で出てくるとガッカリするメニュートップ5に入るものなのですが、当店のそうめんは別格です。「いやそれはウニとキャビアが旨いだけだろ」という意見もあるかもしれませんが、このそうめんはそうめん単体で見たとしても相当の品質を誇るのではなかろうか。
長良川の天然鰻の白焼き。希少な天然の鰻を炭火ではなく薪焼きで調理するのは世界でも当店だけではなかろうか。マッチョな歯ごたえの鰻はタレなど漬けずとも素材そのものに味があり、また、薪焼きによる香りも素晴らしい。はっきり言って、創作鰻料理専門店の「うなぎ時任」の何よりも美味しいです。
長良川の友釣りでゲットした鮎。「友釣り」とは鮎の縄張り行動を利用した漁法であり、これで獲ると傷みが少なく味が良くなるとのこと。鮎の青い香りと薪の香りがベストマッチ。舌よりも鼻で食べる料理かもしれません。
頭と尻尾は油で揚げてザクっと頂きます。シンプルなのに最高の酒の肴。これはビールに戻っても良いかもしれません。
中盤に主役級が再登場。カイノミの部分をタルタルにして手巻き寿司で頂きます。このあたりの肉の魅せ方は「肉匠堀越」系列の面目躍如といったところでしょう。ガブっとかぶりつくと驚き、なんとトリュフの香りがします。肉の美味しさには覚悟していましたが、この香りは予見できておらず、斜め上を行く美味しさです。
最後のご飯もの(今さっき食べたがな)の前に口直しで冬瓜と万願寺唐辛子。こちらも出汁で炊かれた冷製仕立てであり、保水量が高くサラっと味蕾をリセットしてくれます。
〆の炊き込みご飯はノドグロです。くどいようですが、やはり香りが良いですね。特大のノドグロを薪の炎で焼き、薫香をつけた後に混ぜ込みます。魚の間には薪を忍ばせ、ダメ押しの香りづけを行います。
もともと香り豊かな食材ではありますが、薪の香りとタイアップして美味しさは倍増。私の初恋の相手の名前が真紀であったことを思い出させてくれました。
デザート1品目は燻製アイス。空気をたっぷりと含んでおり、アイス単体でもカンテサンスのアレ級に美味しいのですが、加えて薫香まで漂うのは憎い演出。なんでも乳脂肪は匂いをキャッチする性質があるらしく、薪火でゆっくり火を入れるとこのような味わいを実現できるそうです。
スフレにはみたらしソースを。最後の最後でヘヴィ級と思いきや、スフレについては非常にエアリーで羽毛のように軽く、ソースも語感ほどは重くない。連れの女の子はノドグロの炊き込みご飯をおかわりできないほどの満腹度合いだったのですが、デザートたちについては余裕で完食していました。
熊野古道の由緒正しき緑茶をグラスで飲んでごちそうさまでした。

2.5万円のコース料理にお酒をそこそこ飲んで、お会計はひとりあたり3万円強。これはいい、すごくいい。絵のような八寸や典型的な刺身は無く、王道の和食ではないので海原雄山に言わせれば邪道かもしれませんが、全ての料理が率直に美味しかった。

いずれの料理も決して難解ではなく高級和食を食べ慣れていない方でもわかり易い味わい。他方、食通のオーナーの記憶の断片を味見するというオムニバス形式のコースという意味では、上級者も素直に楽しめるコース仕立てでしょう。6席と小さなお店なので貸し切ってしまってワイワイするのもアリ。自由奔放に美味しいお店でした。


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麻布十番には日本料理店も結構多いのですが、割高であることが多いです。外すと懐が大ダメージを受けるので、信頼のおける口コミと、味覚が似た友人の感想に頼って訪れましょう。
東京カレンダーの麻布十番特集に載っているお店は片っ端から行くようにしています。麻布十番ラヴァーの方は是非とも一家に一冊。Kindleだとスマホで読めるので便利です。

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