あるグルメな乞食の話

「女友達がお金を返してくれないんですよ」開口一番、後輩はこう述べました。

「2万円だから経済的なダメージはそれほど大きくないんですけど、僕との人間関係は2万円程度で踏み倒せるものだったのかと思うと悲しくって」何もかも嫌になった、という表情を浮かべながら後輩はため息をつく。

なんでも彼には東京から離れた大都市に住む古くからの女友達(既婚)がおり、出張でその地を訪れる機会があり夜は時間があったので、当該人妻に食事でも行かないかと数日前に誘ってみたとのこと。彼女からはすぐにOKの返事が来、続けて「ココ予約しといたよ」とのメッセージが届く。

リンクを開いてみると、ミシュランガイドに載るような立派なお店であり、客単価は2~3万円といったところ。まさか驕ってもらうつもりでこんな高いお店を選んだんじゃなかろうな、と一瞬訝しんだものの、グルメ気取りの彼女にとっては普段使いなのかもしれない、と思い直し、特にコメントするでもなく後輩はそのお店での食事を了承しました。

豪奢な雰囲気、完璧なサービス、美味しい食事と、お店そのものについては大変満足し、さてお会計。後輩と人妻の間には特別な関係は何もなく、しかるにご馳走する義理など1ミリもないのですが、一方で、男子として多少は傾斜をつけるべきかとも考え、結果として合計4万円のところ後輩は2.5万円を負担し、彼女に1.5万円の支払いを求めました。

「あたし、お金持ってない」瞬間、空気が止まる。なるほど、現金の持ち合わせがないという意味か。確かに数万円ともなる支払いともなれば、そのような額の現金を持ち歩かない主義の方も多いであろう。なんせ時代はキャッシュレス。クレカ払いが主流の世の中である。

「それじゃ、カードで払いなよ、俺は現金あるから」と、後輩は人妻に提案。すると彼女はこう返してきました。「うーん、旦那のカード、使いたくないんだよね」

何かがおかしい、と思いつつも、なるほど今夜の食事は旦那に内緒で出てきてくれたのであり、その証拠となるような支払履歴は残したくないのかと解釈。しかしながら、旦那由来の家族カードではなく、自身のクレジットカードを使用すれば良いだけとの説もある。

「あたしは収入が低いから、クレジットカード作れないんだよね」このご時世、まさかそんなことは無いだろう。クレジットカードなんてそこらへんのフリーターや大学生だって持っている。それでも無いと主張されればそうですかと答えるしか術はなく、さてどう出るべきかと後輩はしばし思案する。沈黙に耐えかねたのか、「だからさ、振り込むよ。振り込む振り込む」と人妻は述べ、その場のやりきれない雰囲気は回避されました。

店を出て人妻は言います。「もう1軒行こうよ、近くに良いバーがあるんだよね」耳を疑うとはこのこと。カネの持ち合わせは無くカードでも払いたくないとゴネながら2次会に誘うその神経。普通、女の子からもう1軒行こうよ、などと誘われればワンチャンあるかとチンコが小躍りするものですが、今夜に限っては後輩の言葉を借りると「反吐が出た」とのことでした。そしてやはり覚悟していたことですが、当該バーでの支払いについても「さっきのと合わせて振り込むね」です。

気分が乗らない2次会は解散も早い。まだまだ電車は走っているのですが、当然のように彼女はタクシーを呼び止めます。加えて明らかに後輩の宿泊先のほうが近くなのに、「あそこはイッツーで、ここはウセツキンシで」などともっともらしい理由を述べながら、人妻の自宅経由でのルートをドライバーに指示。彼女との未来はもう無いな、もともと無いけどな、と、半ば投げやりな思考が脳内を支配する頃、人妻は破滅的な発言を放ちます。

「振り込みのことだけど、あれ、やっぱ振り込んだ方がいい?また会うでしょ?その時でよくない?」

ダウト。これは、貸してる側のセリフである。決して借りてる側が言うべきではない。「もちろんまた会うだろうけど、それとこれとは話は別だから」金を貸している側だというのに、なぜかこっちがカネに汚いかのような物言いになってしまう。旧交を温めるために会ったはずなのに、最後はカネの貸し借りの話をしてお別れ。なんともやりきれない夜である。蛇足ですが、彼女はタクシー代を1銭も置いていかなかったとのことです。

さて翌日、後輩は人妻に口座番号など必要情報を連絡するのですが、すぐさま処理される兆しは見えません。何か事情があって忙しくしているのだろうと忖度し、数日間は待ってみるものの特に連絡は無く、もちろん振り込みの気配は微塵も感じられません。

奸智に長けた後輩は「振り込んだら連絡してね、口座確認するから」と軽いジャブを放つのですが、やはり口座の金額は微動だにせず、陽はまた昇り繰り返し、時はそのまま流れ続ける。彼女からの連絡は何もなく、驚きや当惑が反感や恨みに変わるにそう時間は要しない。結果、冒頭の悲痛な叫びへと繋がりました。

「はあ?何いってんの?あんたバカじゃない?信じられない」とは飲み会に参加していた港区女子の発言。女性を食事に誘うのであれば全てご馳走しろということか。これだから港区の女は。びくりと肩を震わせながら男性陣は顔を上げる。彼はこんなにも苦しんでいるのだから、これ以上傷口に塩を塗るのはやめてやれ、と、私は彼女を目線で諭します。

「違う違う、それ、あの子の常套手段だから!今さら気づいたの?遅いって!むしろ今まで被害にあってなかったほうが驚きだわ」彼女は愉快で仕方がないといった表情で言い被せます。「あの子は最初っから自分が払うつもりなんて一切ないんだって。むしろ、あんたのこと、すげえケチな男ぐらいにしか思ってないから」まるでシャイロックね、と港区女子はせせら笑う。

「〇〇ちゃんのことでしょ?有名だよね」とは渋谷区女子の談。「あんたなんてまだマシだよ。あんたは異性で年上じゃん。おごるのは当然って考える女の子は一定層存在するよ。あたしたちなんて、同級生で同性なのに、同じ手口使われるんだから

「そうそう、お金にルーズなふうを装っておいて、そのルーズさは不思議と全部自分が得するように設計されてるんだよね。『あの時のアレと相殺ね』とか言っときながら、毎回毎回チョイチョイ足りない」あの時あたしは1杯しか飲んでないのにあの子はガブガブおかわりして、お会計はぴったりワリカンだった等、被害報告の雨あられが続きます。

タクシー先降りの術とか未だにやってんだw。なんだかんだ理由をつけて、ちょっと手前で降りていくんだよね。バイバーイとか言って、置いていくのは笑顔だけ。高々1,000円か2,000円だから請求もし辛いんだけど、チリツモで結構な金額にはなる。無駄に悔しいから、あたしはあの子と絶対同じタクシーに乗らないって決めたもん。同じ料金払うなら独り乗りのほうが精神衛生上健やかよ」

「あたしもずっとこういうこと繰り返されててさ。あたしは1,000円か2,000円以下のどうでも良い存在なのかなって、一時期真剣に悩んでたんだ。耐えきれなくなって、友達何人かに相談したんだけど、みんな全く同じ目にあっててさ。誰にでも同じことやってるってわかって、ある意味救われたんだよね」

でもさ、今も友人関係は続いているわけ?僕が同じことされたら即ブロックなんだけど。決して短いものではないブロックリストを有する私は興味本位で尋ねる。「うーん、続いてる、かな。そこらへん女子たちは上手くやっちゃうんだよね。でも、大きなお金が動く場所では会わないように気をつけてる。ひとり1,000円のランチとか、先払いのスタバとか、会うシチュエーションはそれぐらいかなあ」「確かに、そのあたり男子はシビアだよね。あの子の周りの男性って、新規の男の子か年齢以外取り柄がないオッサンしか残ってないもんね」

「『収入が低くてクレジットカード作れない』もお決まりのフレーズだから。だってあたし、旦那さんにグチられたことあるんだよ。『ウチの嫁がカード作れないって言い張ってオレのカードを打ち出の小槌のように使うんだけど。普通に働いているから自分のカード作れないわけないんだよね』って」旦那さんにまで設定がブレないのはやおら見事としか言いようがない。

「家賃とか生活費とかは全部旦那の稼ぎでやっててさ、自分で稼いだお金は全部自分のお小遣い。実家だってそれなりのお金持ちでしょ?どういう思考回路でああいう行動に出るんだろね」「ビョーキなのよ、ビョーキ。遺伝子レベルで貧乏なのよ」「前世はシェアクロッパーなんじゃないの?」「でも性格はヒラリー・クリントンなんだよね。お山の大将じゃないと気が済まない」「げげー、2万円踏み倒すヒラリー・クリントンとか地獄じゃん」以降、このような悪口大会が都合120分ほど続きました。

「20代前半のバカな読モとかならまだわかるけどさ、30過ぎてアレは痛いよね。最近は顔面がフィレオフィッシュに近づいてきたし」どんな顔面だよ、と、われわれ男性陣は写真の提示を求める。どれどれ、と、背中を丸めて人妻のインスタの画面を覗き込むと、ある男子が唐突に大声で叫びました。

「やべえ!オレ、こいつとヤったことある!」現実は小説よりも奇なり。あまりにも出来すぎた話ではありますが、これは本当にあった笑える話。ていうか一夜限りの関係だったとしても、エチエチに性交したのであれば名前ぐらい覚えておいてやれよ。

「しかも!すげえマグロで!超イマイチだった!」やっぱフィレオフィッシュじゃんかよーゲラゲラゲラ。2時間近く悪口を言われ続け性癖までも暴露された強欲な人妻。2万円にしてはあまりに高い代償。金は借りてもならず、貸してもならない。貸せば金を失うし、友も失う。借りれば倹約が馬鹿らしくなる。わずかな金で満足すること、これもひとつの才能である。


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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。