「へへーい、乾杯!」かちりと優しくグラスを合わせ、一息で飲み干す。彼女はレモンサワー、私は生ビール。私の経験上、ソムリエがプライベートで飲む酒は男女問わずレモンサワーである確率が異常に高い。
「珍しいじゃない?金曜日の夜に空いてるだなんて。絶対断られると思ってダメモトでLINEしてみたんだけど、聞いてみるもんね」誤解されている方がとても多いのですが、私はとても暇人です。予定なんてほとんどありません。というのも、当日に行き場を失った友人を優しく受け入れるセーフティーネットとして機能することに無上の喜びを私は感じており、その役割を果たすため先の予定はあまり入れないようにしているのです。
酢もつは当店で必ず注文すべきツマミのうちのひとつです。丁寧な下ごしらえが施され、さっぱりと、かつ、コリコリとした歯ごたえが酒の友として最適。 会話の邪魔をせず、旨い。
「あたしも日本酒にしようっと」鮨や焼鳥、中華など何処へいってもワインしか飲まない方がたまにいますが(なぜか女性が多い)、プロ中のプロは自然と料理に合う酒を選ぶものなのでしょう。
大好物のマグロ中落ち。入荷がある日とない日があるのですが本日は前者。小さめのスプーン片手にグリグリとこそげ取り、海苔にネギと一緒に巻いて醤油に浸して一口でパクリ。至福のひと時である。
「やっぱり食事は日本がいちばんね」長いフランス出張から帰ってきた彼女は素敵な溜息を吐く。「あっちの料理ってさ、雑じゃない?ボリュームはとんでもないからうっかり満足しちゃうんだけど、よくよく振り返ってみると繊細さに欠けるよね。あたしはやっぱり日本人が作る日本人向けにチューンナップされたフランス料理が好きだな」確かにそういう部分があることは否めません。やはり日本人の器用さ几帳面さは別格であり、日本人料理人が居なくなるとパリ中のレストランは回らなくなることでしょう。
和牛ハツの串焼きも当店で必ず注文すべきツマミのうちのひとつです。野性味の溢れる力強い味覚であり、ムシャムシャというオノマトペが妙にしっくり来る串焼きです
仕事でフランスに行けるだなんて憧れるよ。私は心のこもった溜息をつく。「何言ってんの、あなたみたいに遊びで行く方がよっぽど素敵じゃない」やはり隣の花は赤く、芝は青い。「でも、ラトゥール垂直とかできるのは役得っちゃあ役得ね」ラトゥールとはべらぼうに高価な赤ワインであり、垂直とは同じワインを複数ヴィンテージ(生産年)にわたって飲み比べることを意味します。決してビンを垂直に立てて一気飲みすることではありません。
ごりごり焼き。正式な料理名ならびに部位などは不明なのですが、まさにゴリゴリとした食感であり噛みしめるほどに旨味が溢れ出る。大人のガムである。チキン南蛮。当店はタルタルソースまで手作りで、それもかなり旨いのである。 サクサクとした歯ざわりにジンワリと柔らかい鶏の身。千切りキャベツにたっぷりとソースを塗りたくり、一口で頬張る。
そうだ、相談があるんだけど、と私はスマホを取り出し、取り扱いに困る女の子からのLINEを見せる。
この後、続きのメッセージは無く、これっきりです。女心はサッパリわからん。この子は一体何がしたいのでしょう。「デートおわりなら☺」などデート相手に失礼が過ぎる。楽天のメルマガ級に面倒くさいメッセージである。この子に限りませんが、どうして女という生き物は、読んでいるのに未読のふりをしたり、連絡すると言っておきながら連絡しなかったりと、妙な駆け引きをする輩が多いのか。返信に躊躇する相手なんてハナからブロックで良くない?繋がってるだけ互いに時間の無駄なんだけど。もっとオーガニックに行こうぜ。
ふむ、と一呼吸おいて彼女は話し始める。「この子?かわいい?」キミを目の前にしてこういうことを言うのはアレだけど、そりゃあ、まあ、びっくりするほどかわいい子だね。「だよね。じゃあ、しょうがないよ。かわいい子って、そんなもんよ」徹底した階級意識と選民思想。もし生まれ変わるのならば美人に生まれたい。というか今のまま、美人に変わってそのライフスタイルを楽しんでみたい。
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