クレッセント(THE CRESCENT)/芝公園

ミシュランガイドの常連店。格としてはロブションアピシウスロオジエなどと同格であり、東京におけるグランメゾン中のグランメゾンと言えるでしょう。店名の「クレッセント(THE CRESCENT)」は「三日月」を意味します。
予約名を告げ、まずはラウンジで人心地つき、テンションを高めていきます。当店の源流は古美術商。1947年、芝公園に古美術商「三日月」を開業し、その洋館の増改築に合わせてレストラン事業に着手。ハコの凄みはもちろんのこと、館内には記帳な古美術品が多数展示されており、まるでミュージアムの中で食事をするかのようです。
半世紀以上の歴史を持つ優美な洋館はシックで重厚なムード。窓から望む芝公園の緑が目に優しい。サービス陣はまさにベテラン揃いといったところであり、最近流行のフレンドリーでカジュアルな接客とは一線を画します。
磯貝卓シェフは23歳で渡仏し、「シェ・レザンジュ」「ローベルガード」「クロコディル」「ミッシェル・ゲラール」「アラン・シャペル」「トロワグロ」など、教科書で太字で載る有名店を渡り歩き、仕上げに20世紀でもっとも重要な料理人のひとりであるフレディ・ジラルデのもとで研鑽を重ねました。
やはりというべきか、覚悟していた通りというべきか、外資系ラグジュアリーホテルのメインダイニングスガラボなどと同等にワインの絶対額はめちゃんこ高いです。RMの揃え方が面白く、せっかくなのでコチラを1本。ブランドブランながら熟成した桃のように重厚な香りがあり、飲み口も偉大。大当たりでした。
精巧に作られたアミューズ。最中の中にはフォアグラ、右のせんべいにはエビがたっぷり、手前のブーケをあしらった1口など食べるのがもったいないほどの可愛らしさ。この時点で今夜の勝利は確信しました。
「ギンブキとオシェトラキャビアのランデブー」。ギンブキとは山菜の一種で、うるいに近い存在です。繊維を感じる独特の触感に大人の苦味が興味深い。葉に隠れていますがちょっとびっくりする量のキャビアが盛り付けられており、やはりキャビアは陸の上で食べるものであると得心。外観も美しく、ロブションを彷彿とさせる精緻な盛り付けです。
スペシャリテの「トマトのコンプレッション プラムオイル風味」。照明の加減で上手に撮れませんでしたが、まさに絵のような美しさであり、心躍る瞬間。
右上のトマトを模した立方体は、トマトのムース・タルタル・ジュレの三層構造になっているのですが、驚きの美味しさ。類する料理は見たことがなく、まさにスペシャリテと言うべき作品。味わいに順序性があり、各層いちいち美味しい。手先だけで小器用にまとめられた料理が多い昨今、こういった真実味のあるお皿に出会えると、ああ、フランス料理っていいなと再認識します。
パンも自家製。バゲットに始まりケシの実を纏ったロールパン(?)、モチっとジューシーな食感のパンなど、細部に至るまで手抜き無し。
オマール・ブルー。ブルターニュ産の最高級品であり、どうやったって美味しいです。どうやったって美味しい素材ではありますが、その中で1ミリの狂いもない火入れには脱帽。甘味は極限にまで高められ、それでいてジューシーかつ弾けるような食感。火入れには頂点がある。問答無用に美味しかった。ホワイトアスパラは丸のままだけでなく、パスタのように細く切りまとめ卵と共に味わうカルボナーラ風も用意されており、ため息が出る程の手の込みようです。
メインは6種からの選択だったので、私はラムをチョイス。洞爺湖サミットでも提供された大変ありがたい素材とのことでしたが、それほど印象に残りませんでした。もちろん肉料理として最高レベルの味わいではありますが、これまでの料理に比べると影に隠れてしまった印象です。
メインよりも付け合わせの完成度が記憶に残りました。春の食材が前回であり、タケノコの強い味わいやそら豆の緑の風味など実に印象深い。
連れのメインはスペシャリテの「和牛フィレ肉のロッシーニ クレッセントスタイル」。まさにロゼというべき色合いに火が通された厚切り肉がシズル感抜群。ヌラヌラと輝くフォアグラや豪華に散りばめられた黒トリュフなど、これぞフランス料理とも言うべき一皿です。
メインのデザートの前に小さなアイスクリーム。ホワイトアスパラガスで作られたものなのですが、これが信じがたい美味しさ。大地を感じる力強い味わいであり、小豆のような上品な甘さを感じられます。先のトマトのコンプレッションに比肩する強烈な味覚。
メインのデザートは「苺のフラジリテにライムのソルベを添えて」。フラジリテ(fragilité)とは仏語で「脆弱さ」の意味であり、恐らくトップに被せられたフラジャイルなおせんべいを指すのでしょう。ただの添え物ではなくとにかく苺の味が濃い。内部には味の濃い苺が山ほど敷き詰められており、苺を食べさせる1皿。
たった今、マドレーヌが焼きあがりました。ハチミツの上品な甘さにリッチなバター。やはりこういった何でもない小菓子が真面目に美味しいのが素晴らしいですね。レストランのレベルはその提供する食事の中で、最も脇役な存在の品質に比例します。
小菓子と聞いていたのですが、まだまだしっかりとしたデザートが続きます。手前のタルトは大きさを指定し目の前で切り分けられる仕組み。練乳とチーズが響く深みのある味わい。
コーヒーが抜群に旨い。加えて、食後にダイニングで会話を楽しんでいても気前よくジャブジャブと注いでくれ、二次会は見送りこの空間とコーヒーをのんびりと楽しむことにしました。
「もし良ければ館内をご案内させて頂きますが」との申し出に乗っかります。もちろんこういった個室でも食事することが可能であり、予約時に用途に合わせて部屋を指定できるそうな。
私のお気に入りは「オールドクレッセントルーム(OLD CRESCENT ROOM)」。旧館の一部屋を移築(?)した屋根裏部屋のような部屋。由緒正しき別荘地を訪れたかのような風格がありました。
地階のバーも本当にかっこよい。レストラン利用客に限り、こちらで食前酒や食後酒を楽しむことができます。こんなに素敵な空間を遊ばせておくだなんて、オーナーはまさに道楽者。筋金入りのゆとり世代でしょう。
さらに地下奥深くにあるカーブも案内して頂けました。シャンパーニュのメゾンを想起させる独特の黴臭さが心地よく、在庫管理が嫌になるほどの大量のワインボトルに嫉妬する。
ロビーには特大の桜。Uberを待つ間のウェイティングスペースも広々と取られており、料理だけでなく館の空間すべて、舞台装置としての空気を含めての完璧なグランメゾンでした。
洋館を模したハコにお土産の小菓子をたっぷり詰めて頂き、ごちそうさまでした。外観から入口、ウェイティングスペース、ダイニング、個室、バー、カーヴ、建物内の全ての設備について一貫したストーリーがあり、サービスのスタイルもそれに寄り添う完璧なグランメゾンでした。

料理については、どクラシックかと思いきや意外にモダンな情緒も感じ取ることができ、若いギャルでもわあキレイ!と思わず唸ってしまう美しさもあります。味については述べるまでもないでしょう。

どうしてこういう本物中の本物なお店がいつでも予約できる一方で、ようわからん自称イノベーティブで中身は空っぽのレストランが大人気なのか。もう少し客側が審美眼を持たないと、外食業界全体がいずれ地盤沈下していくような気がします。いきなり変な店に行くのではなく、まずは旬のものを正しく食べる。話はそれからだ。


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