アルテレーゴ(ALTER EGO)/神保町

神保町の裏路地、イノベーティブな和食を提案する「傳(でん)」の跡地に、これまたイノベーティブなイタリアンレストランが産声をあげました。めっちゃ緑な壁の色が印象的。「傳」の杉玉はそのまま残っています。
店名の「ALTER EGO(アルテレーゴ)」は「分身」の意。徳吉洋二シェフはモデナの3ツ星「Osteria Francescana(オステリア・フランチェスカーナ)」でスーシェフを長く務め、その後ミラノで「Ristorante TOKUYOSHI」をオープン。イタリアでは日本人で初となる1ツ星を獲得しました。徳吉シェフは原則としてミラノの店を守り、平山秀仁スーシェフが分身となって東京を開拓します。
和食を彷彿とさせるカウンター8席。18:00~と20:30~の2回転制であり我々は遅い時間帯だったのですが、定刻を過ぎてもウェイティングルームで10分近く待たされました。客に対しては時間厳守の一斉スタートを求めるのに、このだらしのなさは何なんでしょう。モノクロニックな人間としては耐え難い苦痛です。30分近く待たされた話も聞いたことがあり、秒速で1兆円稼ぐ人なら機会損失半端ない。そんなに時間を守れないなら最初から21:00開始にすればいいのに。それかせめてウェイティングで食前酒とアミューズを楽しむスタイルに変えるとか。
ボトルのワインは10本ほどしかありません。ペアリングは6杯で6,000円とお買い得なのですが、ティルプスのソムリエの監修。加えて持ち込みは1本3,000円で大歓迎というスタンスで、ワイン選びは他人に下駄を預ける姿勢です。我々はペアリングでお願いしたのですが、最初の泡を除いて全てナチュール。私はワインについてコンサバティブなので好みの流れではなく、それぞれのグラスに係る詳述は控えます。
名刺代わりに差し出されたのはデリバリーのピザの箱。中には色鮮やかなピッツァが。
米粉のチップスを土台にフレッシュなチーズ、トマトソース、ハム、マッシュルーム、多種多様なハーブにエディブルフラワーと、これだけの食材を詰めこむアミューズは珍しく、それできちんと美味しいのが素晴らしい。ちなみにお店のテーマは「equilibrio(エクイリブリオ)=バランス」とのことで、なるほどおもちゃ箱のような1皿ながらバランスの取れた逸品でした(そういやそんな名前のイタリアンレストランが二子玉川にあったっけ)。
マグロのヅケをスライスしたばかりの生ハムに包んで頂きます。これはびっくりするほど美味しいですねえ。シルクのように薄く柔らかな生ハムの食感が見事であり、続いて鉄分を感じさせる健康優良児なツナが旨味を主張する。山の幸と海の幸が時を同じくして舌の上で溶けていく快感は唯一無二のものでした。

右上の湯飲みにはケッパーと台湾コショウのスープが。当店のウリのひとつとして「スープペアリング」が挙げられ、お料理ごとに、それに合わせたミニサイズのスープが供されます。
揚げたサワラ。これは、不味い。イマイチを通り越して不味いです。何があったんや。下に敷かれた新玉ねぎや柑橘の風味など、調味にはセンスが感じられるのですが、肝心のサワラそのものの品質が端的に言うと悪夢です。店内も妙にシーンとなっていたので恐らく他のゲストも同じ感想だったのでしょう。しかしペアリングのタケノコとオレガノのスープはたいへん美味しかった。
巨大なシイタケをハーブの入ったオリーブオイルに1週間ほど漬け込み、軽く炙って提供します。アワビのような食感がグニグニと楽しい。アンチョビやニンニクの風味、パン粉の食感も軽やかであり、やはり調味全般についてはセンスが良い気がします。

合わせるスープは大山鶏のブロードにパルメザンチーズ。これはもうべらぼうに旨いですね。鍋ごと買って自宅に常備したいレベルです。
あさりのパスタに牛骨の出汁を加えます。うーん、この茹で加減はどうなのでしょうか。アルデンテの手前というか何というか、ボソボソボキボキと芯がはっきりと感じられます。意図して狙った茹で加減なのかもしれませんが、私の口には合いませんでした。

ペアリングは青トマトとオリーブのジュース。青い爽快感があり気持ちの良い味。が、このパスタの味覚に合うかと問われると疑問符。
メインは鴨。お皿の絵柄も鴨で実にシュール。ガッチリとした食感の鴨を、白子のフリットと共に頂きます。ソースはシヴェ。赤ワインで煮込んだソースに血を混ぜたもの。結論としては悪くない皿なのですが、特筆すべき点は無く西洋料理の一般的なメインのレベルに留まりました。

ペアリングはビーツとオレンジを用いたジュースであり、見た目がすっぽんの血のようでちょっとグロい。
〆の炭水化物は固めに炊いた米にまずは卵白を混ぜ込み、フワフワにしてから卵黄を加えたもの。リゾットのような口当たりになって面白い体験。トッピングは猪のチャーシューとトリュフ。語幹からは激しい味覚を想像してしまいますが、クセのない万人受けする味わいでした。

ペアリングは540日かけて長期熟成したジャガイモのスープ。これがジャガイモかと驚く糖度の高さであり、熱を加えて香ばしさすら感じられる逸品。
デザートにはサツマイモとキクイモのジェラート。大地の甘味にリンゴのジャムの旨味が寄り添い、クランブルの食感も堪らない。オードもかくやと思わせる灰色のメレンゲの意図は謎。せっかくの色合いが単調なものになってしまいました。

合わせるジュースはトマトとイチゴ。これまたフレッシュな酸味がOLを呼びそうな味。冷蔵庫に常備したいです。
大トリを飾るのはシチリアの伝統菓子、カンノーロ。揚げたての生地に作りたてのリコッタチーズを詰め込み、ピスタチオとレモンを塗して目の前で完成。どっしりとした食べ応え、かつ、リコッタの酸味が舌に心地よい。一気に満腹になりました。
コーヒーが旨い。特注の豆をその場で挽いて丁寧にドリップします。手の込んだ純喫茶で出されるそれに比肩する味わいでした。

料理は15,000円、ワインペアリングが6,000円、消費税を加えてひとりあたり22,680円。サービス料や水代を取らない明朗会計です。印象に残った料理はピザ、マグロ生ハム、カンノーロ、コーヒーぐらいであるため、15,000円のコースとしてはちょっと高い。他方、ワインペアリングがお値打ちであるため、料理とワインのセット価格として納得感が高まります。下戸で水でいいです的な人とは少し印象が異なるかもしれません。

ところで、客層が荒れているのが気になりますね。港区女子とそのおじさんやウォーター系の同伴がほとんどであり、一言居士な連中ばかりで1皿1皿に対するコメントがいちいち神経に障る。純真無垢なカップルがピュアなデートで訪れると違和感マックスでしょう。「あんたと食事いくと話題のお店が多いから、客もそんなんばっかなんだけど」と連れからイエローカードを頂戴しました。

料理についても、味付けのセンスはところどころ感じられるのですが、やはり流行りもの企画ものすぎるきらいがあり、珍妙な皿ではあるものの本質的な味覚としてはどうでしょうという、セララバアド的81的な食後感です。真面目で実直(に見える)な平山シェフが本当にこういう料理がしたいのかどうかが今後の論点になるところでしょう。

ともあれ、今回は辛辣な皮肉の鎧を脱ぎ去ることができなかったものの、オペレーションと客層が安定すれば大化けする気もしています。神は深く覚悟したもののみに宿る。2~3年後にまた来てみようっと。


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十年近く愛読している本です。ホームパーティがあれば常にこの本に立ち返る。前菜からドルチェまで最大公約数的な技術が網羅されており、これをなぞれば体面は保てます。