+Veganique(ヴィーガニック)/自由が丘

なついてくれているモデルちゃんより年始の挨拶。ういやつじゃ。私に早く会いたいらしいので善は急げとすぐ予約。私の辞書に社交辞令という言葉は存在しない。
「ひさしぶり!でもないか。今年もよろしくね。ところで〇〇ちゃんと、最近どうなの?」どういう神のはからいか、彼女の友人と私が別のルートで知り合い、私が何回かデートしているという噂を耳にしたようで、その動向が気になって気になってしょうがない模様。美人のコミュニティは実に狭い。

どうって、何もないよ、タイミングが合えば食事に行く、それだけだよ。何もやましいことはないのに何故か言い訳がましくなる。モテてモテてモテまくるのも気苦労が多いのだ。
「ふうん」ラブサイケデリコのように意味深な返事をし、メリハリを訴求した身体を近づけてくる彼女。体温が2℃ほど上がり、そっちは最近どうなの?と、堪らず意味のない質問で返す。

「うん?ちょっと前からラウンジで働いてる」ここで言うラウンジとは場末のスナックのことではなく、もちろん空港ラウンジのことでもなく、西麻布の超高級会員制ラウンジのことです。クラブやキャバクラとは一線を画し、在籍する女の子の殆どが芸能人またはその卵という、容姿のレベルが恐ろしく高い水商売。
前菜盛り合わせ。リンゴジュースが美味しいですね。リンゴそのものを齧るよりもリンゴの味が濃い。その他のものは不味くはないのですが、量があまりに少なすぎるため記憶に残りづらい。

落ち目だねえ、と素直な感想を述べると、「どういう意味よ?10人面接して採用されるのは1~2人の凄いお店なんだから!」と、彼女は色をなして言う。
紫イモのポタージュ。ザラりとした舌ざわりのポータージュ。イモっぽさが満開で、結構な甘味。梨のソースも用いられているそうですが、とにかくイモの味覚が強かった。

「まあでも、やっぱり若い子には負けちゃうなあ。人気なのは二十歳前後の女の子たちで、あたしなんかオバサン扱い。『〇〇ちゃんはもう完成しているからね』なんてフォローされてるぐらいなんだから」世の中の男はみんな光源氏になりたいのよ、と彼女は小さなため息をつく。
ラザニア。ヴィーガン仕様だそうですが、根本的な味覚として普通です。やはりヴィーガンというジャンルは味覚のダイバーシティが限られるので、純粋な美食という意味では難しいのかもしれません。

「客単価は5万円~って感じかなあ。時給だけじゃ大して稼げないんだけど、指名バックが大きいんだよね。1人から指名をもらうと、8,000円も追加で貰えちゃう」簡単に得たものは失いやすいぞ、思わず小言が口をついて出る。私が彼女と出会ってから数年が経ちますが、彼女の口からお金の話を聞いたのはこれが初めて。ついに銅臭にまみれた伏魔殿に入りこんでしまったのかと少し寂しい気持ちになる。
玄米べジパエリア。こちらもパエリアというよりは洋風の炊き込みご飯であり、トッピングで色々工夫しているものの、ちょっと味のついた玄米ゴハンというところ。

5万円か、恐ろしい世界だね、5,000円でも行きたくないね、と吐き捨てるように私は言う。私は他人の金銭感覚に批判的なつもりはないのですが、やはり性を売り物にした商売に高いお金を払う人々とは根本的に価値観が異なる。
デザートは結構美味しい。動物性素材をゼロにしてこれだけコクのある味わいを演出できるのは中々の手練れです。

「でも、ああいう、若くて可愛い女の子に囲まれるのが好きなオヤジは一定層いるものなのよ。それから大物芸能人。どうしたって顔バレしちゃうから、ラウンジみたいなところで女の子を調達するしかないの。ラウンジ側も気合入ってて、お店とはまた別の一軒家みたいなところを貸し切って、そこに女の子を派遣するの。この前なんて××と△△の会に行くことになってさ」そのパーティがいかに豪華であったかを嬉々として説明する彼女。確かに興味深くはあるのですが、やはり何かが一枚挟まったようなぎこちなさを私はふと感じてしまう。
オーガニックコーヒーを飲んでごちそうさまでした。お会計はひとり4,000円弱。これはちょっと、いくらなんでも高すぎですね。体感としては2,000円弱の質および量。もちろん当店の料理人がどうのこうのという意味ではなく、ヴィーガンと美食は二律背反するものであり両立は難しいもの。ガリガリのデブみたいなもんです。

危険な目に遭わないよう気を付けるんだぞ、失敗する余地があれば人は失敗するものだ、と私は真面目に忠告する。「大丈夫だって、心配性だなあ」大丈夫?大丈夫だと?大丈夫って言うのは心が不安定な証拠だぞ?

だいたい、君がやりたかったことは、その容姿を切り売りして小金を稼ぐことだったのか?こんなことをするためにこの世界に入ったのか?違うだろう?自分との約束は破るなよ。きちんと自分で説明できないことはやめるべきだ。他人に迷惑をかけるのは構わないけれど、自分に迷惑をかけるんじゃない。
「うるさいなあ。私の人生は私のためにあるの。あんたのためじゃない。好きにさせてもらうわ」人生?言ってくれるねえ。じゃあ君の人生のあらすじは完成しているっていうのかい?全然だろう?脚本を書き上げないと前には1ミリも進めないぞ。君の人生は自分自身で紡ぐものだ。

「うるさい。もう帰る」どうやら彼女の中で新たな感情が芽生えた模様。私は黙って穴があくほど彼女を見つめる。「ご忠告ありがと。愛情として受け取っておく」だけど、世界は何も変わらないのよ。小さく呟き、大きな瞳から一筋の涙がこぼれた。

その後、彼女の消息は杳として知れない。


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