板前てんぷら成生(なるせ)/新静岡

行きたい行きたいと言い続けていると本当に行けるものですね。板前てんぷら成生。日本で予約の取れない天ぷら2大巨頭の片翼(もうひとつは最近名古屋から四谷に移転した「くすのき」)。今、まったく会いに行けない天ぷら屋です。
最寄駅は静岡鉄道の新静岡ですが、JR静岡駅からも徒歩10分程度。品川からドアドアで1時間程度なので、東京からの日帰り客が多い。確かに都心から八王子のほうに行くよりも心理的に近いかも。
お鍋の真ん前のアリーナ席を確保。これぞ天ぷら屋というべき静謐な空間。2つの銅鍋につき、ひとつは高温用でもうひとつは低温用。まずは高温の鍋でガリっと衣を固め、その後じっくりと低温で蒸していく手法のようです。

志村剛生シェフは東京農大卒業後オーストラリアに留学し、帰国後は焼津の日本料理店に勤めたそうな。天ぷらは独学に近いらしいです。
落花生のスープ。初めて食べる料理ですが、これは驚きの美味しさですね。土の風味が感じられる、は言い過ぎかもしれませんが、それほど落花生の滋味に溢れた極上の一品でした。
クエのお刺身を軽く油に通したもの。いい具合に熟成が進んでおり、また、熱を加えることにより凝縮感に溢れています。あまり天ぷら屋の教科書には載らない調理だとは思いますが、すこぶる旨いことは間違いない。

ところで、大将と2番手との息がピッタリなのが見ていて気持ちいいですね。大将は揚げに徹しており、魚の下ごしらえなどは完全に2番手に任せています。あれこれとうるさいことは指図せず全幅の信頼を置いているように見受けられました。ひとりのスーパースターだけが活躍するのではなく、チームで働いているお店です。
粗めにおろした山盛りの大根に天つゆを注いで待っていると、大将が直で太刀魚を置いていきます。衣の粒は大きめ。油で揚げたとは思えないほどのフワっとした太刀魚の食感が印象的。

ちなみに鮮魚は焼津の老舗鮮魚卸「サスエ前田魚店」からの仕入れ。世界中から注目されている卸であり、極上の魚を世界中から取り合っているとのこと。
銀杏。これは普通の銀杏です。さすがは成生!と唸らせる明らかな特長を見出すことはできませんでした。
アジ。こちらも先の太刀魚と同様に、水分を瑞々しく湛えているのが印象的。片方は塩でガブリとやり、もう片方は天つゆで。麻布十番「よこ田」のように食べ方についてあれこれ言われないのが気軽でいいです。
レンコン。泥がついたままのレンコンを洗わず布巾で処理し、皮付きのままでじっくりと揚げます。鍋から上げたあともしばらく休ませ予熱で蒸していく。池波正太郎の「天婦羅は親の仇のように食え(揚がったらすぐ食べろ)」との言葉に真っ向から反する取り組みです。

食べて驚き、納豆のような糸が引く。レンコン特有のジャクっ!ザクザクッという食感は程々であり、あくまでマイルドな歯ごたえ。仄かな土の香りが記憶に残るアクセント。
海老は銀杏と同様に一般的なものでした。芯のある食材を2つの温度帯で揚げ分けるという意味で、もっと極太で特大の海老にチャレンジしたものを食べてみたい私は。
脚と
味噌も個別に揚げられます。味噌をこのような形で食べるのは初めてであり興味深い。
アジ。先程のアジとは打って変わって妖艶でエロティックな個体です。見た目が美味しそうな料理は大体美味しいものであり、この料理もそのルールにしっかりと則ります。とにかく魚の味が濃く、ねっとりとセクシー。こんなアジを食べるのは生まれて初めてである。
サラダは一筋縄ではいきません。葉を揚げたり魚の素揚げが入っていたりと、箸を進めるたびに発見のある一皿。野菜の味が濃くかすかな苦味も感じたりと、多種多様な味覚を楽しむことができる逸品。
タマネギ。こちらも揚げたてではなく、早めに油から引き上げ、予熱でベストな状態へと仕上げます。甘い一辺倒ではなく、逞しい旨味なども感じられ、まさにテロワールを感じる味わいでした。
イカの赤ちゃんを丸ごと揚げたもの。ちょっとグロい断面ではありますが、グロいものとは総じて旨いものである。清澄な身質の味わいはもちろんのこと、ちょっと苦くてヌルっとした部分がグッドです。
サツマイモ。これにはもう、犯し難い価値がありますね。蜜に漬けたかのような甘さながらも少しもクドくない。外皮はカリカリ、内側はホクホクねちゃり。こんなに美味しいサツマイモは中々ないぞ。
アマダイ。ふっくらと膨らんだ食感に、ウロコのカリっとしたコントラスト。もちろん美味しいのですが、これまでの野菜たちの刺激的な味わいと比べると若干見劣りするような気がしました。
イカ。こちらも当然に美味しいのですが、東京の人気店でも食べることができる味覚であり、野菜ほどの驚きはありません。ネガティブな意味ではなく、このあたりが魚介類の天ぷらの最高到達点なのでしょう。
カブ。水をそのまま揚げたかのようなジューシーさです。やや強めに揚げられた外皮と水分量との対比が面白かった。
ゴハンが炊きあがりました。天ぷらと同じく蒸らしの時間が非常に長かった気がします。一粒一粒が真珠のように輝き、これは食べる前から美味しいぞと判断。天丼・天バラ・天茶から選択できるのですが、私は天バラを。
駿河湾のフグ。すぐに下関に流れてしまうが、実は駿河湾ではフグが山ほど取れるとのこと。筋肉質な個体を骨ごと揚げて凝縮させます。ムチっムチっと一口ごとに食感が弾け至福のひととき。
お漬物も野菜の滋味に溢れており素晴らしい出来栄え。たった今、削られたばかりの逞しい鰹節が、それに負けじと頼もしい旨味を放っています。
連れの天丼。ツヤツヤとしたお米にどっしりと鎮座するかき揚げ。飴色の輝きを放つタレ。見るからに極上の1杯です。
私は天ばら。麻布十番「てんぷら前平」で頂いてからすっかりハマってしまいました。人差し指を折り曲げたサイズの海老がゴロンゴロンと打ち込まれており、これは〆の1杯というよりも天ぷらとしての立派な一品です。圧巻はお米。ヘンな表現ですがハリボーのような弾力があり、噛むごとに米の味わいが滲出します。ここまで美味しい白米は日本料理店を含めて中々見当たらないことでしょう。
中盤以降は鰹と昆布の出汁をかけて天茶にしてくれます。が、こうすると前述のコメの美点にやや陰りが見えたような気がしました。天ばらのまま一気呵成に食べきってしまったほうが良かったかもしれません。
お茶ももちろん静岡産。まずは水出し。旨味が強く、我々が一般的に飲んでいる緑茶と同じジャンルでは語れない力強さがありました。
デザートは作りたての葛餅。なのですが、まあ、葛餅は葛餅です。葛餅業界ではハイレベルな味わいなのでしょうが、個人的にはもっと派手な甘味が欲しかった。
二煎目はお湯でしっかりと。カテキンが舌の上でザキザキと暴れ、赤ワインを飲んでいるかのような引っかかり方。大人の味。
「こんなの初めて!」という体験の多い、非常に興味深い天ぷらでした。特に野菜がいいですね。あの揚げ上がってからの待機の時間。私のような導火線の短い人間には到底真似出来ない曲芸であり、大将は相当に我慢強い方だと思います。他方、魚介類についっては一般的な天ぷら屋のそれと大差ないように感じました。

私は天ぷらについてそれほど詳しくなく多くは語れませんが、ベーシックからはかけ離れた、何でもありの場外乱闘系の天ぷらに感じました。「楽亭」「みかわ」「山の上」といった王道中の王道とはもはや別のジャンルの料理と考えた方が良いでしょう。ベーシックな天ぷらを一通り知った上でお邪魔したほうが楽しめるお店。予約困難だからという理由だけで訪れては気づきが少ないような気がします。

何が何でも素材コンシャス。地産地消を徹底するミスター・テロワール。好き嫌いは別れるかもしれませんが、清濁併せ呑んで天ぷら業界の未来を指し示した、存在意義として極めて重要なお店です。


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てんぷら近藤の主人の技術を惜しみなく大公開。天ぷらは職人芸ではなくサイエンスだと唸ってしまうほど、理論的に記述された名著です。スペシャリテのさつまいもの天ぷらの揚げ方までしっかりと記述されています。季節ごとのタネも整理されており、家庭でも役立つでしょう。

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