いち太/外苑前

私の大好きなワインバー「apero. WINE BAR AOYAMA」などカッコイイ飲食店やオフィスが入居するビル「AOYAMA346」。洗練された雰囲気の建物の1Fに、青山らしいファサードの1ツ星和食店が誕生。
佐藤太一シェフは1980年北海道生まれ。調理学校を卒業後、ホテルの中華部門へ就職したの後に和食へ転身と変わった経歴です。直近では新宿御苑前「大木戸矢部」の料理長を務め、2014年9月に独立。笑顔が素敵な大変物腰の柔らかい方で、和食店にありがちな威圧的な空気感は全くありません。
ブラウマイスターで乾杯。薄張りのグラスで口当たり抜群。ビールサーバーのメンテナンスもばっちりです。
まずは ワタリガニと春菊。ケチケチすることなくドッサリと盛られたカニの肉。まさにカニといった味わいであり旨味に溢れています。春菊はジューシーで滋味あふれるエキスを湛えており、最初の一口に最適な一皿でした。
太刀魚の唐揚げ(?)。わおー、こりゃあ迫力満点ですね。厚さ2~3センチはあろうハードコアな太刀魚はザクりザクりとした食感。こいつは食べ応え抜群だ。ゴマダレとの相性も100点であり、ある意味担々麺的なわかり易い美味しさがここにはあります。
連れが持ち込んだ白。イタリアのシャルドネで、トロっとした黄金色の外観に、南方系の果物とバターやキャラメル・ハチミツの香り。ふくよかでパワフルな味わいとバランスの良さ。まるでモンラッシェのような味わいです。
鯖の棒寿司。肉厚の鯖とギュっとしたシャリでお腹を落ち着かせます。パリっとした海苔の磯の香りが良いですね。そうそう、当店はリズムがあるというか、料理を出すテンポが非常に良いです。私のようにせっかちな人間にピッタリだ。
お椀は海老芋と車海老。海老芋は一旦ペースト状にして(?)から揚げられており、ザクっとした外皮の食感と滑らかでムチっとした内側との対比が楽しいです。他方、エビは直球勝負の海老味。ピンポン玉サイズをムシャムシャと至福のひととき。スープには聖護院蕪が擦りこまれており乙な味。
カンヌキ。カンヌキとはサヨリの特大サイズのことで、両開きの扉の戸締りに使う閂(カンヌキ)に例えられそのように呼ばれています。透明感のある外観に特有の旨味が乗って実に美味。圧巻は卵黄を用いたソース。淡泊になりがちな白身にドヤっとコクを与え、奥行きが増しました。ポン酢のジュレとの食べ合わせもグッド。
ところで、サヨリは細身の流線形であり魚の中では飛び切りの美人とされていますが、お腹の中は真っ黒です。「彼女はサヨリみたいな女だ」との評は、「美人だが腹黒い」という意味なのでご注意を。そのような小話は上記のマンガに詳しいです。アマプラ会員は無料で読めるのでお暇な時にどうぞ。
ねっとりとした卵黄ソースから一転、酢の物で味変します。青森県産の繊細なもずくに海鼠子(このこ、ナマコの卵巣を干したもの)で合えたアオリイカを盛り付けます。イカのネットリとした食感に、このこの強烈な旨味が堪らない。この味覚は間違いなく日本酒だ。
お酒はコチラから。米の旨味がビンビンに感じられる迫力のある液体。しかしながら口当たりは円やかでありキレも良く、食事中に楽しむにぴったりです。
雲子(白子)。いったんフリット状態にした後に、ウニをトッピングし青のりのソースを流し込む。これがべらぼうに旨い。だらしなくなりがちな白子の味わいをギュっと引き締め、さらにウニで奥行きを添加。濃厚な青のりの磯の香りでフィニッシュです。
熊本のあか牛。これまでの練り上げられた料理とは一転してシンプルな調理。もちろん美味しくはあるのですが料理というよりも素材であり、これまでの皿に比べると影が薄く感じました。
非常に華がある香りであり、ソーヴィニョン・ブランを感じさせる方向性です。フランス人めっちゃ好きそう。とりわけ綺麗な酒質であり、私も大好きなお酒でした。
焚き合わせは甘鯛。こちらもバリっと皮目に食感を与えた後に、マッチョな魚肉の味わいとイクラの塩味、柚子の香り。今、何を食べているかが手に取るようにわかる直線的な味わいです。
宍道湖の天然ウナギを焼いたもの。フワッフワの食感で、一旦蒸しているのかと思いきや炭火で焼いただけとのこと。なるほど食材がこの域に達すれば人間などちっぽけな存在であり、焼いただけなのにこれ以上は手の施しようがないほどの完成した味わいでした。
お食事は蕎麦。蕎麦割烹で修業した店主の言わば主戦場であり、店内の石臼で挽き、十割で手打ちという本格仕様。この蕎麦が実に旨い。普通に旨いというレベルを超越しており、行列のできる蕎麦の名店に比肩するレベルです。
大食漢の私を見かねてか、温かい牡蠣のお蕎麦までお出し頂けました。牡蠣のエキスが上質なスープに溶け込み、見事な味わいを演出しています。ぷっくりと太った牡蠣とネギを口に含み、日本酒で喉を鳴らす。

ここのところ私は牡蠣アレルギーになったのか、約3割の確率でお腹を悪くするのですが、明日の百より今日の五十、矢でも鉄砲でも持って来いとばかりに通常ポーションを2セットも平らげてしまいました。
連れのチョイスはキノコそば。ベースのスープは同じとのことですが、牡蠣とはまた違った滋味に溢れており美味。菊の花の彩りも良いですね。これが日本の美意識だ。
蕎麦湯も出ます。日本料理屋で蕎麦湯が出るのは日本広しと言えども当店だけではなかろうか。いわゆる蕎麦湯というよりは蕎麦粉をさらに加えて風味を増し少々の味付けを行い、締めのスープ的なポジションとなる逸品。一口飲むごとに私の胃袋は結んで開いてを繰り返す。
デザートは和栗のババロア。トップを飾るクリのホッコリとした食感と、ババロアの滑らかな舌触りのコントラストがいいですね。兎にも角にもクリの風味が強く、心に残ったデザートでした。

いやあ、旨かった。そして満腹。とても好きな方向性の和食店でした。刺し身の出し方からもわかるように、純粋な和食というよりは足し算の料理。ややもするとフランス料理的に感じました。

料理人には2通りのタイプがあり、自分の目指す料理のために食材を集めるアーティストタイプと、目の前にある旬の食材を高めようとする料理人タイプに分けられると言われています。どちらが良いというわけではありませんが、私は後者のタイプのほうが断然に好みであり、大将の芸風はまさにここに分類されるように感じました。


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