しかし与えられた時間はわずか1時間強。せっかくの日本だから旨いものでもと気を回すのですが、いかんせん時間が足りない。40分ほど悩んだ挙句、最近オープンしたばかりの当店へ。
「あ!ここ好き~!麻布十番店はしょっちゅう行ってたよ。昼もやってるんだ?え?カジュアルライン?」と、彼女の覚えもめでたいようです。いかにも「あたし揚げ物とかムリだから」と言い出しかねない女なので、小さく胸を撫で下ろす。
これまでの六覺燈(ろっかくてい)とは全く趣きが異なり、商業ビル内にあるバルのような雰囲気。壁一面のガラス窓から陽光が差し込み、難波や麻布十番のエロティックな佇まいとは全く雰囲気が異なります。
飲み物は殆どが500円前後。六覺燈グループは飲み物がやや割高な印象が強かったですが、当店のベクトルはまるで異なります。むしろ銀座のど真ん中でアルコール1杯500円というのは価格破壊と言って良いでしょう。
「飛行機1本逃しちゃってさ。チケット買い直し。たまんないわ」とため息をつく彼女。私の長所は時間を守ることにあるが、彼女の長所は時間を忘れさせることにある。
最初に給食のようなトレイでお食事セットが運ばれます。
サラダは緑の葉っぱのみ。六覺燈グループの美点は野菜の旨さにあると思っていたのですが、このサラダは実に普通というか、ランチセットのサラダ味でした。
イカスミのパンに、ホウレンソウのパン。これらは中々美味。なるほど六覺燈ではご飯ものの代わりににパンが供されますが、そのエスプリが感じられニヤリとする。
スープはちょっと工業的というか、平べったい味わいに塩気が強くイマイチ。まあ、ランチセットのオマケスープと考えればこんなものかもしれません。具のトマトは旨かった。
「ゆうべは異業種交流パーティみたいなのに連れて行かれてさ。もう、全然話題が噛み合わなくって。売上がいくらだの年収がいくらだの、『すぐにサービスをローンチしました』って報告したがるタイプばっかり。会話のレベルが浅いんだよね。誰もお前の仕事になんか興味ないっつーの」久しぶりに会う彼女の舌鋒はいつにも増して鋭い。
さて当店はカジュアルラインであるため、職人が目の前で1本1本供出するというわけではなく、ある程度のバッチ処理を余儀なくされます。我々は10本コースを注文したので、5本セットが2回登場するというシステムです。
ソースは本丸の六覺燈と同じく、左からレモン汁+辛子、出汁醤油、赤ワインソースをベースにマスタードを添加、プレーンな赤ワインソース、奄美の塩。串を置かれる際の向きによって最も適する味覚を提案、という仕組みは当店には無く「お好きなソースでどうぞ」という仕組みでした。
左はサーモン。同じ週に十番店で15本コースを食べたばかりなのですが、この素材は含まれてはいませんでした。いわゆるシャケを揚げてタルタルソースを塗布したものであり、今あなたが想像している味とそう変わらないでしょう。
右はささみのしそ巻きを揚げ、その上にたっぷりととんぶりをトッピング。これは十番店と同等の味覚で驚き。客単価が3倍以上する店と同じものを出されると嬉しいのは嬉しいのですが複雑な気持ちも抱えてしまう。ちなみにとんぶりとは「畑のキャビア」とも言われ、プリプリした歯触りが特長の珍味です。
左はエンドウ豆のコロッケ。こちらも十番店と全く同レベルの出来栄えで思わず唸ってしまう。中央はトンカツ。これはまあ普通ですね。不味くは無いが、旨くもない。右は海老。さすがに十番店とはサイズもクオリティも異なり、ある意味妥当な味覚です。
六覺燈グループは「ワインと串カツ」がコンセプトなのですが、やはり揚げ物をつまむとうっかりビールに手が伸びてしまう。香るエールは450円。これはカジュアルラインを通り越して、この値段でこの酒を飲める店は銀座では珍しいでしょう。
2セット目が到着です。やはり5本一気出しだとカラっと揚がっているうちに食べなきゃという強迫観念が働いてしまい、あまり落ち着いて吟味することができないのが玉に瑕。
左は豆腐。中にハーブなどが練りこまれたアイデア賞です。ううむ、これも十番店と同クオリティ。支払い金額は1/3~1/4だというのに食べる食事は似たり寄ったり。嬉しいのやら悲しいのやら、屈折したヒガモが心を蝕む。
中央はレンコン。カレー風味のペーストが穴という穴に詰め込まれており、駄菓子のような心和む味わいです。右はサツマイモ。甘味が強くスイーツのよう。
左は海老の素揚げ。悪くはないのですが、意図がちょっとわかりかねる。海老はもう1本食べたから、どうせなら違う食材が良かったな。右はこれまた十番店と同じチーズ。どっしりと重くわかりやすい味覚に恵比須顔。
デザートはちょっと手抜きですね。アイスクリームがベタベタと甘く食後感を悪くします。会話のレベルが浅い、か。私も会話のレベルが深いかどうかの自信は全くない。ちなみに私の喫緊の課題は橋本環奈の今後の売り出し方について、である。
「うーん、なんていうのかな、あなたとか、あなたの周りの人たちって、ちょっとそういう次元を超越してるじゃない?もう仕事とかお金に興味を無くしてるっていうか、まさにボボ族」ああ、ボボ族ってのは、『ブルジョワボヘム族』の略で、伝統的な概念の社会階層ではなくて独特の生活スタイルを重視する階層のことね、と、彼女は説明を付け加えた。
そんなことはない。私は実に吝嗇家でありつつましい生活を送っている。クーポンだって躊躇なく使う。ただ、ここぞという趣味、価値があると思ったことについては金に糸目をつけないだけだ。価値観としては総選挙で数千票を投じる指ヲタと変わらないよ。
コーヒーは全然美味しくありません。もちろん十番店と比較しての話であり、この価格帯のレストランとしては標準的とも言える。
飲んで食べて4,000円代。これまで何度も述べていますが、ちょっと色々ショッキングなお店でした。カジュアルラインと言えども料理には全く妥協しない臣籍降下。本丸である十番店や銀座店の客が減ってしまうのではないかと要らぬ心配まで抱えてしまう。初めてLCCに乗った印象に近い。オススメです。
「あなたは何事もあきらめすぎているからね。そういうところが気楽でいいんだけれど。あ、もう行かなきゃ。ごめんねバタバタして。次はフランス料理がいいな。新店がいい。クラシックな調理じゃなくて、生意気な感じの」生意気はお前だ、どうして海外在住者が東京の新店を全部チェックしてるんだ。
しかし私は何か弱味でも握られているのか、次回はどのお店にしようかなあと、脳内データベースを検索する。
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天ぷらって本当に難しい調理ですよね。液体に具材を放り込んで水分を抜いていくという矛盾。料理の中で、最も技量が要求される料理だと思います。
- みかわ是山居/門前仲町 ←アナゴの揚げは神業。感動的ですらある。
- てんぷら山の上/六本木 ←大規模商業施設のレストランの中では絶品の天ぷら。
- 天冨良よこ田/麻布十番 ←大将しゃべりすぎ(笑)。味は確か。リーズナブル。
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- 楽亭/赤坂 ←我が心の天ぷらランキング1位。惜しくも他界。
てんぷら近藤の主人の技術を惜しみなく大公開。天ぷらは職人芸ではなくサイエンスだと唸ってしまうほど、理論的に記述された名著です。スペシャリテのさつまいもの天ぷらの揚げ方までしっかりと記述されています。季節ごとのタネも整理されており、家庭でも役立つでしょう。