Auberge de l'Ill(オーベルジュ・ド・リル)/Illhaeusern(フランス)

50年連続でミシュラン3ツ星を維持という偉業を成し遂げた当店。ストラスブールから約60km南、人口約600人の小さな村イローゼン。柳の緑に囲まれ、コウノトリが飛び交い、白鳥が泳ぐ小川のほとりにある「Auberge de l'Ill(オーベルジュ・ド・リル)」。アルザスが誇る美食文化のシンボルです。
宿泊者は予約時間の関係なしに、いつでも訪れてOK。まずはテラス席でアペリティフを。この空間がひたすらに気持ち良く、小一時間も過ごしてしまいました。

サービス陣は精鋭揃い。くだけた雰囲気ながらシュっとした佇まいであり、彼らはこの職業を選ばなかったとしても大成したであろう。クレバーな人間独特の空気がにじみ出ています。
おつまみセット。左からグジェール(チーズを混ぜた風味の良いシュー皮)、サーモン+クリームチーズ、フォアグラのムースが入ったタルト。
ワインリストが家族写真が詰まったアルバムほどの大きさであり、一通り読み流すだけで10分以上を要します。選んだ泡はコチラ。1本80ユーロと、酒屋の倍ぐらいの価格設定であり、それほど悪くない値付けです。東京と違って税もサービスも全て込みの値段なのがいいですね。濃密かつ濃厚で、アルコールが強く感じる味わい。
ダイニングに移動。壁一面がガラス張りで心地よい開放感。テラス席と同様に気持ちの良い景色を望むことができます。

ちなみにシェフは2代目のマルク・エーベルラン。「トロワグロ」、「ポール・ボキューズ」、「ラ・セール」などの名店で修業を重ね、1977年に、弱冠23歳という若さで「オーベルジュ・ド・リル」の総料理長に就任。父ポール・エーベルランの偉業を更に洗練させ、文化という領域にまで高めました。

ちなみに六本木のオーベルジュ・ド・リル トーキョーは株式会社ひらまつの運営であり、本家とのライセンス契約のようです。札幌のは割と似た雰囲気ですが、六本木のディズニーランドみたいな外観とは似ても似つかないイメージでした。
1皿目は野菜のパスタ。実演販売でしか見ることのない細い細い野菜が青系の香りが漂う爽やかなムースにピッタリ。見栄えは半分、ダサいですが味は良い。
前菜はマグロ。半生の火入れに魚のコクと鉄分を良いとこ取り。酸味の強いジュレにトマトとバジルの風味が響き、前菜に最適です。
パンは5種類ほど用意されていましたが、大人しく1種類のみを頂きます。トマトとオリーブのパンであり、水分が飛び切ってパッサパサでありイマイチでした。
イワナ。うーん、あまり褒められたプレゼンテーションじゃないですね。イワナのポーションも鯖の塩焼き定食ほどに大きく、コース料理の中で食べる量じゃ無い気がします。底に敷かれたセロリのリゾットはさすがの味わい。ソースもコクがあって美味しい。
突然テンポが悪くなり、この皿の到着までにインターバルが20〜30分もありました。こちらはロブスターに生のアーモンド、アンズダケ。

間違いなく美味しいのですが、先のイワナのソースと味の方向性が同じで飽きが来ます。アーモンドを生のままにする意図もわからず、思い切りローストして風味をつけたほうが印象深くなるのにな。アンズダケは影が薄く印象に残りませんでした。見た目も凡庸であり、この程度であればどんな料理人であっても作ることができるのではなかろうか。
やはり20〜30分待ってでてきたメイン。牛フィレ肉です。結婚披露宴のメインディッシュのような画一的な味わいであり、あまりにクリアな肉質で豚肉や鶏肉を食べているかのような錯覚を覚えました。ナスをペースト状にしたものはまあまあ美味しかったですが、ミシュラン3ツ星店で食べるメインとしては完全に力不足です。
デザートの前にチーズ。立派なワゴンで種類こそはあるものの、ソフト系が妙に多くバランスを欠いているラインナップです。
セル・シュール・シェール、マンステール、アルザスのシェーブルチーズ(上手く聞き取れなかった)、エポワスを選択。いずれも私の大好きなチーズであり、安定して美味しい。もうちょっとハード系があれば良かったのにな。
デザート1皿目はブラマンジェ。スモモ、サクランボが組み込まれており、エディブル・フラワーのソルベが添えられています。こちらも決して悪いわけではないのですが、どうも平板に感じてしまう。
メインのデザートはミルフィーユ。うーん、やはり盛り付けがダサいですね。日本の田舎の洋菓子店で買うそれのような外観です。ラズベリーが山のように盛り付けられており、せっかくのタヒチ産バニラの風味を圧倒してしまっています。
一転してミニャルディーズはレベルが高い。チョコレートのタルトの舌触りが良くカカオも濃厚で心に残りました。

ところでテラス席にいたサービススタッフたちは皆レベルが高かったのですが、ダイニングの給仕たちは別に普通でした。色々とひっくり返したりするポンコツもいて、良くも悪くも大箱レストランです。
追加でチョコレートを頂くことができます。10種類近くありましたが流石に満腹。それでもチョコレートのレベルが極めて高く、奥のタブレットなど日本に連れて帰りたいほどの美味しさでした。
テラス席でのアペリティフの時点ではあげぽよだったのですが、そこからは下る一方でした。そもそも料理にガッカリですね。ミシュランは「星の数は皿の上だけで判断する」と主張していますが、これが3ツ星の料理とは全く思えません。創造性を感じることもなく、事前知識なしにブラインドで食べれば1ツ星も怪しいレベルです。

こうなってくると「50年連続3ツ星」という勲章も色あせて見えてきます。これは政治的というよりも精神的な問題ではなかろうか。恐らく政治的な圧力は一切ないけれども、評価者が勝手にプレッシャーを感じているような気がします。

私の論評は紛れもないソロ活動なので好き放題言わせて頂いておりますが、仮にミシュランという大企業に雇われ「今年のオーベルジュ・ド・リル、見てきて」との指示を頂戴すれば、おそらく普通の精神状態で臨むことはできないでしょう。私の打順で3ツ星から降格という判断はとても下せない。仮に3ツ星を失わせてしまえば当店だけでなく、この街全体の観光産業に大打撃を与えてしまう。そういう立派な決断は私でなく後進の志の高い誰かに任せよう。
リコール隠しに手を染める社員たちの心境が少しだけわかったディナーでした。


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ミシュラン3ツ星を50年以上維持する3軒のレストランを巡る旅」目次

「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。

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