十牛庵/高台寺(京都)

ひらまつグループが初めて手がける和食料亭。老舗料亭「土井」のハコをそのまま譲り受け、数寄屋造りの匠である中村外二工務店がリノベーションを手がけての開業です。
八坂神社と清水寺の中間に位置し、観光客にとっては便利な立地。何人ものスタッフの方が軒先で出迎えて下さり、まるで私がベリーベリーインポータントパーソンになったような錯覚にとらわれます。
いくつかの個室がありますが、我々はライブ感覚が味わえるカウンター席に通して頂きました。 草喰 なかひがしのようにギュウギュウに詰めれば10人以上並べそうなものですが、今回は6人での利用と実にゆとりのある空間使いです。
いくぶん空に明るさが残っていたので障子を開けて頂きました。眼前に広がる二千坪の庭園。明治41年に数寄屋造りの名工・上坂浅次郎ならびに北村捨次郎により建築された館と、庭師七代目小川治兵衛が作り上げた庭園を有する日本でも有数の歴史的建築物とのこと。
酒の値付けが支離滅裂。この瓶ビールは1,200円でありサービス料が15%に消費税が8%と、世界でもトップクラスに割高なエビスです。日本酒も1合3,000円を超えるものが主体で軽く引く。一方でワインが格安。ドンペリの06と09がいずれも19,000円と小売価格と同等、サロンに至っては40,000円〜と、アリババの洞窟のように財宝に溢れています。

和食には日本酒と決めてはいるものの、こうもワインが割安だと、うっかりワインに目が向いてしまう。店側も気を利かせて併設のフレンチレストランのワインリストまで持ってきてくれ、これが火に油を注いでしまい、何を飲むべきか今世紀最大級に悩んでしまいました。妻からは「飲みたいならさっさと注文しなよ。ただ、あんたが和食には日本酒だ、テロワールだ、って常日頃ごちゃごちゃ言ってることは指摘しておく」と毒にも薬にもならぬアドバイス。
えんどう豆のスープに旨味の強いジュレ。野太いホワイトアスパラガスの上に良い香りのするホタテを載せ、ウニ先輩とキャビア先生をトッピング。これはもう、誰が何を言っても旨いですね。ひらまつらしくフランス料理のエスプリもあるなあと一瞬思いましたが、この皿は何料理とかそういう話ではなく、食べ物として本質的に美味しいです。
お椀は出しの旨味が峻烈。非常にわかりやすい味付けで、脊髄反射で美味しい。具材は揚げた鯉なのですが、素材特有の臭みなどは一切感じられず、素材の良い点だけを抽出しております。
刺し身は沖縄のマグロにタイ。これはまあ中くらい。美味しいは美味しいのですが、2万円の料理であれば当然といったクオリティです。それでも芽ネギと山葵のフレッシュさが心に残りました。
焼き物は長崎のアマダイ。目の前で串を打って塩をふって炭火で焼いてくれるのですが、それだけのシンプルな調理なのになぜここまで旨いのか。長崎に嫁いでアマダイ漁師になるのも悪くないなと思わせるほどの旨さでした。ポーションも大きく、下手な焼き魚定食よりも食べごたえがあります。オリーブには味噌を詰め込む一工夫。
端午の節句にちなみ、ちまきと柏餅。シュルシュルと紐を解くと、
ちまきには小さなごはんに鯛の昆布〆(?)。笹の香りとタイの旨味が渾然一体となり、シンプルながら実に美味。
柏餅には穴子。ぷっくりと膨れ上がったその身の表面は香ばしく焼き上げられており、食欲をそそる旨さです。
肉料理として松阪牛。ううむ、間違いなく美味しいのですが、唐突に脂が強く、ヒステリックに感じてしまいました。もっと違うシチュエーションで食べたいこの料理は。
そうそう、お酒の話なのですが、散々悩んだ挙句に結局日本酒をお願いすることにしました。十牛庵という京都のお酒だったので、これは当店のPBでしょうか。1合で3,000円と人生トップクラスに高価な日本酒でしたが、味はまあそれなりといったところ。
こちらを振り返っているのは稚鮎。素揚げしてマルゴット頂くと実にビターな大人の味で、生の息吹が感じられます。その苦味を全面的に受け止めるのはやはり濃いめの旨い出汁。好きだなあ、ここの出汁。湯葉やミョウガなどの脇役陣にも抜け目なし。
お食事前にお漬物。このお漬物のレベルが非常に高く、決して食事のサイドストーリーでなくこれ単体に心から美味しい。酒のツマミとしてあっという間に食べきってしまうと、何も言わずにスっとおかわりを出して下さいました。よく食べる客に気持ちよく出す店。心が通じ合った瞬間である。
赤出汁には生麩。生麩って無条件に美味しいですよね。生麩屋に嫁いで生麩職人になるのも悪くないなと思わせるほどの旨さでした。
鯛めし。ひとりあたり約1合とたっぷりのボリュームです。食べきれなかった分は持ち帰れるかと相談すると、ここのところ気温が高く傷んでしまう恐れがあるためNGとの回答。

私はひらまつグループの株主であり、言ってみればこの店のオーナーだ、食あたりになったとしてもそれは全て私の責任であり、当局に駆け込んだりするようなことは絶対にしないから、何としてでも持ち帰らせてくれ、さあ、いますぐ弁当箱を持って来い、と強要したというのは真っ赤なウソであり、黙ってその場で全部食べ切りました。
ゴマやショウガの香りが強烈で、ややもするとカオマンガイチキンライスのようなオリエンタルな風味が感じられます。米の質も炊き加減もパーフェクト。日本料理の美点ってこういうところだよなあと、ひとり納得する美味しさでした。
水菓子には苺。一粒500円はしそうな巨大植物であり、ジャクっとした食感が堪りません。グラニテを敷き詰める試みも興味深い。
お菓子はカキツバタをイメージしたもの。美しくはあるのですが、ひたすらに単調な甘さが続く割に量が多く途中から飽きてしまいました。まあ、和菓子とはそういうものである。
〆にお抹茶。まさにジャパニーズ・エスプレッソといった味覚であり、口腔内に強烈なカフェインが満ちてきます。
お会計はふたりで5万円強と決して安くはありませんが、これだけ趣のあるハコの中でしっとりと落ち着いて食事ができるのだから、非日常の体験という意味を含めてリーズナブルと判断します。みなさんの京都の料亭のイメージをそのまま具現化したようなお店であり、外人を連れて行けば死ぬほど喜ばれることでしょう。

目の前の料理人には威圧的なところは全くなく、とても居心地良く食事を楽しむことができました。そういう意味で、料亭の入門編として利用するのも良いかもしれません。京都旅行で勝負の和食を1つ挟む場合、当店を選べば外れることはまずないでしょう。

次回は、お隣のフランス料理店にお邪魔してみたいと思います。飲めなかったワインをたっぷり飲むのだ。


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