ENEKO Tokyo(エネコ東京)/西麻布

一時期スペイン料理にハマってしまい、当時の最先端であったサンセバティアンまで訪れたのですが、結論としては『モダン・スパニッシュは好きじゃない』でした。当該結論を得てからはモダン・スパニッシュとの接触を避けていたのですが、やはり話題性には抗えないミーハーな私。
六本木から西麻布方面への大使館が点在するエリアに佇む、第7サティアンを想起させる真っ白な建造物。もともとはギャラリー的な建物で、デザインオフィスなども入居していたようです。参加者が全員揃うまではウェイティングバーで待機。
中庭も整理された手術室のように真っ白。今回は雪の残る真冬での訪問でしたが、初夏などに訪れば地中海のリゾートに来たような気分を味わうことができるでしょう。
「食事の前にアペリティーボを」ということで中庭の奥の小部屋に通される。アペリティーボとは元来食前酒という意味ですが、近年は食事の前に簡単につまむ習慣も含まれます。
バスクで定番の微発泡ワイン『チャコリ』と共にアミューズをピクニック気分で味わいます。連れの女医は「映える~♪インスタ~♪映える~♪インスタ~♪」と壊れかけのレコード台のように繰り返し喜んでいたので、女子ウケ必至のモテる店と言って良いでしょう。
アミューズはチーズケーキに鰻のブリオッシュ、カイピリーチャ。チーズケーキはバスクのイディアサバルというチーズを用いているのですが、もう少し薫香の強いものを用いたほうがパンチがあって良かったかもしれません。あと、スタッフがイディアサバルのことを「ゴート(山羊)のチーズです」と説明し、チーズプロフェッショナル様である私の眉がピクりと上がる。正確には山羊ではなく羊の無殺菌乳だ、と、その場で指摘はせずネットに記すいんきゃな私。

鰻のブリオッシュが実に美味しい。鰻の香ばしい風味とコクが上手に表現されており、1ダースでも美味しく食べることができる逸品。カイピリーチャはいわゆるカクテルの『カイピリーニャ』を当店風にアレンジし、チャコリで作った一品。濃厚な爽やかさが口の中で爆ぜて楽しいです。
アペリティーボを堪能した後は2階のダイニングへ。モダン・スパニッシュのお店らしい簡素でスタイリッシュな内装です。ちなみに当店はスペインのビルバオ郊外にある『アスルメンディ』という三ツ星レストランのディフュージョン版東京支店という位置づけです。
5種のワインペアリングを注文。1杯目はカヴァなのですがカヴァとは思えないほどリッチな味わいであり、ブラインドで飲めばシャンパーニュと答えてしまいそう。
ちなみに我々は前夜こんな感じのワイン会を開催しており、私はこの時でさえ二日酔いでした。
最初の一品はシェフ自らプレゼンテーション。卵黄の外皮を固め、注射器で卵液を半分抜き、その中へトリュフのソースを注入します。「あら、注射だったらあたしたちのほうが上手じゃない?」と、実にうるさい女医たち。作業中のシェフを目の前にしてそういうことを言うのはやめなさい。
完成形。珍妙な演出ではありますが、全然美味しくありません。妙にぬるい温度でどっちつかずの食感であり、シャバシャバとしたトリュフソースも食べ応えが無い。これなら卵かけごはんにトリュフを削ったほうが美味しいと思うのだけれど。
パンは生地そのものに味があり深みのある味わいです。添えられたオリーブオイルも実にフレッシュであり私好み。

「この前さ、色んなフレーバーがあるもんじゃ屋さんに行ってね、あまり深く考えずにレモン味のもんじゃ頼んだの。でも、もんじゃってそもそもゲロっぽいじゃん?加えてあの酸味でしょ?まさに胃液でゲロそのものの。食欲無くなっちゃった」黙れ。今、私の食欲も失せたところだ。
カリフラワーのムース(?)を球体にしてタピオカと共に食す。うーん、見た目が皮下脂肪のようで気持ち悪い。調味にはトリュフオイルを多用しており解かり易い味わいだったのですが、やはり私はこの手の料理が苦手である。
温前菜にオマール。お、これは美味しいぞ。オマールそのものの質が良く歯ごたえと甲殻の旨味が上手に共存しています。ほぐし身とムース(?)をパートブリックに包んだ巻物も酒が進む逸品。ちなみにパートブリックとは、薄いクレープ状の皮のことで、春巻きの皮によく似た素材です。
「やはり我慢ならない」と意を決したように声をあげ、「洗浄が悪いのか、カルキのような水道水臭さがグラスに残っている」と、ソムリエに説明を求めるホスト。判決文が読み上げられる前のような空気の中、ソムリエが香りを取るとわずかに顔をしかめ、「おっしゃるとおりでございます」。結果、全てのワインを取り替えて頂けることとました。

「こういうことはおっしゃって頂かないと気づけないので助かります。ありがとうございました」と誠実に対応するソムリエ。ちなみに彼らの名誉のために記しておきますが、当店のスタッフはレセプショニストからサービス、料理人に至るまで全員が全員、雰囲気が良いです。ホストは彼らが嫌いなわけではなく、カルキ臭いグラスが嫌いなだけである。
牛肉のラビオリ。一般的なラビオリのイメージとは異なりますが、小麦粉の皮で包んでいるためギリラビオリらしいです。食感は繊維のある肉ダンゴといったところであり、温度帯が中途半端であるため私はあまり好きな料理ではありませんでした。
げんなりしたのはピンセットで食べさせられたこと。風変わりであることは認めますが必然性が感じられない。そもそもピンセットの幅が極めて狭く、肉ダンゴを挟むことができないんですよね。突き刺せばいいのかなあ。「あれ、でも、オレの持ってるピンセット、ガバガバに開ききってる」と、人によって個体差があるので、やはり意図が見えない食べさせ方でした。
魚料理はタラのフリット。これは素朴な味わいで普通に美味しい。しかしながらあくまで普通レベルに美味しいのみであり、13,000円のコース料理としては食材が貧弱です。

「このまえのエテの記事の栗のくだり何?あたしあんなこと言ったっけ?」言ったじゃないか、と私が答える前にホストが脊髄反射で「絶対言った」と断言。さらには「あたしはその場にいなかったけど、あんたがそういこと言ってるトコは容易に想像がつくわ」との援護射撃もありました。この子は秋が来るたびに、季節の風物詩よろしくこの下ネタで盛り上がってるんだろうなあ。
肉料理は鳩とジャガイモのグラタン(?)。鳩の可食部が恐ろしく少なく、私の小指ほどの大きさしかありません。味は悪くないのですが、たった一口。よくもまあこれだけの量でメイン料理と言えたものである。
赤ワインはリオハのグランレゼルバものを。たっぷりと熟成した深みのある複雑性で結構好き。スペインワインの可能性を感じた1杯でした。

ところで翌日わたしは彼女のクリニックにてヒゲ脱毛を施術してもらう予定。ついでのノリでホクロでも取ってもらおうっかなあと相談すると、「人相変わるよ。タケマシュランは顔立ちがセクシーだから取らないほうが良いと思う」と、息のかかりそうな距離までグっと顔を近づけ小さく彼女は囁いた。今夜はワンチャンあるかもしれません。
付け合せ(?)のフォアグラ。こちらも恐るべきミニチュアさ加減であり、味覚を公平に評価するポーションに達していません。シルバニアファミリーですらもう少しちゃんとした量を食べると思うのだけれど。
〆は鳩のコンソメ。こちらは悪くない味覚です。ただしやはり温度管理が中途半端。当店の嗜好なのか、モダン・スパニッシュとはこうなのか判然としませんが、調味にしろ調理にしろ温度にしろ、どうもどちらかに振り切ろうとしない姿勢に乳酸が溜まる。

以上で食事の部は終了。恐らく500キロカロリーにも満たないコースではなかろうか。
デザートに入ります。左はフランボワーズ(だっけ?)主体の泡。右は5杯ペアリングのうちの1杯であるデザートワイン。

「ねえねえ、さっきからずっと思ってたんだけど、この椅子高くない?足がずっと届かなくて落ち着かないんだけどぉ」と、まさに言いたい放題。実にうるさい客である。貴様の足が短いだけだ。
ツイーツの主題はイチゴ。生のイチゴとイチゴのフィナンシェ、ヨーグルトのアイスクリームにメレンゲが突き刺さり、全体としてバラの香りが漂います。しかしながらやはり一口サイズであり、この量の少なさははっきり言って不満である。
プチフールはホワイトチョコレート・バジル・ヨーグルトのロリポップにフランボワーズのマカロン、カレー風味のマンゴーゼリー。カレー×マンゴーとは斬新な組み合わせですが、やはりここでその味覚を味わわせる意図がわからず、なしよりのありといったところでしょう。

「うぎゃ、なにぃこのフランボワーズのマカロン、フランボワーズっていうよりミントの味しかしない!クロレッツ食べてるみたいなんだけどぉ」実にうるさい客である。声のトーンを落としなさい。
お会計はひとり24,000円。食事は13,000円で、それにワインペアリング代と税サが乗る計算です。うーん、高い。この内容でこの価格は納得が行きません。フロリレージュイズムなどと同価格帯でこの満足度の低さにはガッカリだ。
ベクトルとしては小笠原伯爵邸の食後感。なるほどそういえばあそこもバンケット主体のモダン・スパニッシュだったなあ。

私はムガリッツアルサックアケラレと、それなりの有名どころのモダン・スパニッシュを巡ったことがあるのですが、どこも似たような感想だったので、やはり理屈じゃなくこのような料理は性に合わないのでしょう。
こちらはオミヤのサブレ。帰宅後に目ざとく妻に発見され、彼女の胃袋に収まったので味覚は不明です。

色々と文句ばかり書きましたが、おそらく運営会社(ブライダル専門の経営)やスペイン本国のエネコ・アチャ・アスルメンディシェフの意向が強く、現場では日本のテロワールに則した創意工夫の余地が小さいのかもしれません。変革せよ。変革を迫られる前に。


このエントリーをはてなブックマークに追加 食べログ グルメブログランキング

関連記事
一時期スペイン料理にハマって有名店は片っ端から訪れました。印象に残ったお店を大公開!
なぜスペイン料理が料理界を席巻したのかが手に取るようにわかります。日本が観光立国となる手がかりも随所に散りばめられており、高城剛って懐が深いなとシミジミ。