ロットチェント/茅場町

私が最も好きなイタリア料理店はSALONE 2007(サローネドゥエミッレセッテ)。そのサローネグループが茅場町の地に「昼はパスタ屋、夜はワイン居酒屋」と銘打つ気軽なレストランを出店しました。
青と白が基調のカジュアルな店内。近場の会社員たちがワイワイと楽しそうにワインをガブ飲みしています(写真は公式ウェブサイトより)。嫌じゃない騒がしさ。店員のデニム生地のエプロンが恐ろしくカワイイ。ちなみに当店のシェフはSALONE 2007イル テアトリーノ ダ サローネにも居たようで、既に私は彼の料理を何度か食しているのかもしれません。
グラスワインが主体のようで、ボトルのワインは十数本程度。泡のボトルはこれ1本のみの用意です。

「ひさしぶり!元気にしてた?新しい彼女できた?」新しいも何も、僕は既婚者だ。口の聞き方に気を付けてくれるかな?と連れに苦言を呈す。「既婚者?そんなの関係ないじゃん。バレなきゃいいんだって」そっか、この女は妻子持ちと絶賛不倫中だったっけ。アウトレイジな恋愛話ほど魅力的な酒の肴は無い。
ゴルゴンゾーラのやみつきムース。恐らくドルチェタイプの甘いゴルゴンゾーラ。青カビの風味が円やかで酒が進む。クルミやクリの花のハチミツ、コショウのアクセントもいいですね。ただし食べ応えが薄い割に800円はチト高い。

「ああ、あの男ね?別れた別れた。あたしもそろそろ結婚したいし、実らない恋は程々にしないとね」彼女ほど恋愛における期限の利益を上手に使いこなす女はいない。でも、キミに彼氏ができたわけじゃないんでしょ?暇つぶしにその男と関係を続けたとしても、今さらどうってことないんじゃないの?
オレンジだらけのカルパッチョ。魚はスズキ。身そのものにじっくりと味が沁みており美味。オレンジの果実の爽快感と皮の苦味も食欲をそそります。実に美味しいのですが、ちょっとポーションが小さくて物足りないかなあ。1,800円という値付けもやはり高く感じてしまいます。

「あたしは必然の中で生きたいの」彼女は呟き、椅子の背にだらしなく寄りかかった。「背水の陣ってやつ?やっぱりイザとなったときの逃げ場があると、どうも新しい恋愛に本気になれないんだよね。だから、しばらく会わないことにしたの。でも大丈夫、彼はもう大人だし広い心と深い愛でいつまでもあたしを待っていてくれる。あたしの気さえ向けば、すぐに関係復活できるもん」人はそれを背水の陣とは呼ばない。
豚のケーキ。ブタを主な原料として煮こごり状にした料理です。おそらくフランス料理で言うところのフロマージュ・ド・テート(豚の頭のゼリー寄せ)に近いものでしょう。冷製ながら非常にコクのある一皿であり、味を吸ったレンズ前の風味も心地よい。酸味を湛えたピクルス(?)も皿全体としての奥行きを増す名脇役。

「でも、ほんとはね、そのカレとの子供が欲しいんだ」彼女は目を伏せながら聞き取れないほどの声で呟く。なんだか香ばしい展開になってきたなあ。21世紀のママレード・ボーイここにあり。
ぶつ切りハラミのロースト。牛ハラミのローストにアンチョビソースをかけ、マスタード風味のリンゴ煮をトッピング。2,800円と結構なお値段。若干ボソボソした食感であり、旨味にも乏しいのが残念。アンチョビソースの塩気やリンゴの甘味には意外性があって良かった。

「あたしはそれなりに生活力があるから、別にシングルマザーでもやっていけると思うんだよね。でも、今の日本の社会って色々とうるさいじゃん?あたしのワガママで子供を作ったとしてさ、割を食うのは父親がいないその子でしょ?」
「その話を正面切ってカレに話したんだけど、カレはカレで家庭はあるから、やっぱり認知はできないって」そうなんだ、と私は生返事をしながら夢中でエチケットの写真を撮る。適当に聞き流していることに気づいたのか、意地悪そうにネイルされた指をフレームに入れてくる。これは私の女友達に対しての小さなマウンティングである。
イカとイカキモのラグーを極太麺で。これは皮膚がひっくり返りそうに旨い。麺の小麦そのものの美味しさに、圧倒的な歯ごたえと歯切れ。太麺好きには堪らない味覚です。赤ワインで煮込まれたイカたちの濃厚な旨味にも歓喜と称賛が爆発。ここまで美味しいパスタ料理は中々ないぞ。

ちなみに当店の生パスタはラーメン業界で有名な製麺所「浅草開化楼」の不死鳥カラス氏と当店のシェフが共同開発したもの。浅草橋のFUJIMARUでも似た触れ込みのものを食べたけど同じなのかなあ。
レモンソルベでお口を整えてごちそうさまでした。お会計は2人で2.2万円。酒代を抜いて食事だけでも1万円を超えるので、『ワイン居酒屋』としてはちょっと高い。それでもやはりあのパスタの旨さには抗えない。中毒性がある。良いとしか言いようがない。

したがって、当店の上手な使い方はランチのパスタセットなのかもしれません。お好みのパスタ料理にパンとドルチェ(デザート)が加わって1,200円と圧倒的な費用対効果。さらには大盛り無料という気前の良さもついてきます。まずはランチから始め、興味をお持ちになればディナーへと進むのが良いでしょう。

そろそろ行こっか、と言いながら、さっさと身支度を済ませ軒先でタクシーを止める彼女。僕は電車で帰るから、と手を振ると、「いいじゃん、ウチでコーヒーでも飲んできなよ」と、彼女は私の腕を取り強引にタクシーに引きずり込む。「言っとくけど、あたしにだって、人並みに性欲はあるからね」


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イタリア料理屋ではあっと驚く独創的な料理に出遭うことは少ないですが、安定して美味しくそんなに高くないことが多いのが嬉しい。
十年近く愛読している本です。ホームパーティがあれば常にこの本に立ち返る。前菜からドルチェまで最大公約数的な技術が網羅されており、これをなぞれば体面は保てます。