ガストロノミー ジョエル・ロブション/恵比寿


「久しぶり。ロブション行こうよ。ごちそうさせて。好きなワイン何でも飲んでいいから」コンビニに行くような手軽さである。候補日をいくつか返すと数分後には「予約完了」の連絡。出会って4秒でロブションである。
「ウェスティンのバーで待ってて」

味はさることながら量も多いことで有名なロブション。完食を目指し朝から6Pチーズ1かけらとナッツのみで臨みます。ここまで食べないのは『自己流でファスティングしたら酷い目にあった』以来か。
峰不二子のような体つきにビシリと映える真っ赤なドレスを着た彼女。げにうつくしきかな。「ちょっと目立ち過ぎかなあ。でも、こういう日ぐらいしかこの服、着ること無くって」

すごくキレイだよサンタクロースが遅れてやって来たのかと思った、と受け答えすると「そういえば、お誕生日もクリスマスもバレンタインデーも何もしてあげてないよね。今日はめいいっぱい楽しんでいって」
予約時間になったので本丸へ。『ジョエル・ロブション』ブランドの中でも最高峰に位置づけられる『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』。泣く子も黙るミシュラン10年連続三ツ星店。

無事発刊に漕ぎついたゴー・エ・ミヨにおいても、カンテサンス神楽坂石かわ龍吟と並び20点満点中19点と最高位を獲得。世界に誇るフランス料理の頂点です。
ところで話は逸れるのですが、ゴー・エ・ミヨ日本版の成立には紆余曲折があったみたいです。フランス料理文化センター事務局長の大沢晴美氏がFacebookに「ゴ・エ・ミヨ日本版出版からの撤退と出訴について」との投稿を公開し穏やかでない。
私は事情に詳しく無いのですが、出版差し止めになる前に何とか購入することができました。ちなみにゴー・エ・ミヨはミシュランに比べ、問題や課題についても遠慮なく記載しているので非常に参考になる良書です。
シャンパンゴールドと黒で統一された空間が緊張感と昂揚感を掻き立てる(写真は公式ウェブサイトより)。

「やっぱりココって特別よね。あたし、この店に初めて来たの21歳だったんだけど、震え上がった感覚、今でも忘れない。あれからもう7年も経つのか…」。そう、彼女は28歳とヤングレディー。決してばびろんまつことかそういう類ではないので誤解なきよう。
仕事はどう?もう忙しくないの?と近況を探る。「うん、もう大丈夫。ごめんね心配かけて。しばらく休むことにした」なるほど3月半ばにして2017年は店じまいかい?と揶揄すると「ううん、たぶん3年ぐらいは働かなくって大丈夫」。
グラスシャンパーニュで乾杯。ソムリエールがマグナムボトルを片手注ぎしてて驚きました。ものすごカチカチな二の腕や。

「○○さん(私の名)、ちょっと忙しすぎじゃない?全然東京に居ないんだから」確かにここのところシンガポール名古屋由布院白馬名古屋と政治家のような移動が続き、疲弊しつつあります。由布院は韓国人がすごく多くて興味深かったよ何かビジネスチャンスがあるかもしれない、と伝えると「由布のソナタね」と彼女。
恭しくメニューが手渡される。しょ、食事だけでよんまんにせんえん…。「ああん、なんであなたに値段入っているほう渡すかなあ、今夜はあたしがホストだってきちんと電話で伝えたのに」ラール・エ・ラ・マニエールほど破滅的ではないにせよ、こういう最低限の事務処理ができないお店は意外に多いです。
アミューズ。極厚のトリュフを栗のペーストと溶かしたグリュイエールチーズで包み込み、ジャガイモで挟んだもの。先頭打者ホームラン。バカみたいに旨いです。「アミューズってさ、作り置きの冷えた一口が多いけど、ここはやっぱり凄いよね。調理したばかりで温かい」
折り目高に供されるパン。手前は蕎麦と山椒(?)風味、お米風味、ミニバゲット。パン職人としても名が高いロブション、天を仰ぎ見るクオリティです。蕎麦や米は企画モノではあるものの、繊維の1ミリ1ミリがいちいち旨い。バゲットも真正直な味。「おかわりはまたお持ちしますので!」とサービスにもパン対する矜持を感じます。
こちらはフランス産の発酵バター。香り、味、風味の違いが明確。

「ねえ、最近あなたが仲良くしている『半分芸能人』って誰?」出し抜けに問われ目が泳ぐ。守秘義務があって僕の口からは言えない、と答えると彼女は小さく睨みつける。

「それじゃあさ、私とアマン、泊まろうよ」と挑戦的な笑み。なるほどこうして女は笑顔で殴り合うのか。

光栄なお誘いだけど、僕には長年連れ添った妻がいて、後で聞かれた時に説明できない行動は取らないことにしているんだ、キミだって旦那さんは居るんだし、と断腸の思いで返す。柵を飛び越えたらどうなるのか。
ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー、なんだこのキャビアの量。支えるのはギッチギチに詰まったカニの群れ。ジュレは海老の出汁を凝縮したジュレに、様式美とも言えるカリフラワーのムース。この一皿に何人の料理人の手間と技術が結集されているのでしょう。さすがはロブションと思わず唸る。もうこの時点で今夜のポツダム宣言を受け入れます。
うーんうーんと頭を抱えながら、何万本のうちの1本を彼女がチョイス。ワインリストが厚過ぎて収拾がつかず、iPadでの検索です。
選び抜かれた白ワインはPuligny-Montrachet 1er Cru Les Pucelles 2008と極上品。シトラスやリンゴの濃密なアロマに、花束を手渡されたかのような香り。 樽香はエレガントでローストしたナッツの香りが優しい。滑らかな口当たりに清純な酸。濃い果実味と完璧なバランス。しばらくの間、黙り込んでしまいました。
1皿目が到着。定食のように大きなお皿に3品乗ってくるのは面白いプレゼンテーション。
鰻とアンキモのミルフィーユ。名古屋の鰻を食べ尽くしたのでしばらくはいいや、と思っていた食材ですが、全くの別物。鰻の濃密な味覚を冷やし固めることにより軽やかな口当たりを表現。アンキモの濃密な脂と相俟って絶頂に達してしまいます。

つけあわせのリンゴと大根のサラダも究極的。こんなに旨い大根サラダがあるか?私は伝統的なフランス料理が好きだと繰り返し述べていますが、決して懐古主義であるわけではなく、実はモダンも大切にしているのです。ただし条件がひとつだけあって、原理的に美味しいこと。当店はその条件を朝飯前に悠然とやってのける。
インカのめざめカルパッチョ仕立て。へ?ジャガイモでカルパッチョとかやるんだと恐る恐る口に運ぶと実に爽やか。惜しみないトリュフの香りにエスコートされ、何でもないジャガイモが芸術品の域にまで昇華されます。
ビーツとリンゴを苦味のあるサラダに見立て、グリーンマスタードのソルベを合わせる。こんなサラダがあるか?味こそは純粋にビーツとリンゴですが、見た目に訴えかける手技に納得感がありました。
2eme Service。わはは、まだ2皿目という扱いか。ロブションは味は確かながら量もとんでもないのです。
カリフラワー。見目麗しく随所に光る美的センス。小さな小さな料理に何種類の素材が使われているのでしょう。
蝦夷あわびのソテー。肝のソースが絶品。瑞々しいカブにとろりとしたソースをまとわせ、あわびの食感と共に反芻する。旨い!
追加のパンがやってきました。百貨店などで普通に1個500円で売られている最高級品の山。
ロブションのパンと言えばやはりドライトマト。数年ぶりに食べましたが間違いの無い美味しさ。アンチョビのクロワッサンも絶妙な塩加減。これ単体で他のややこしい料理に比肩する味わいです。
3eme Service。料理は2~3皿づつセットで届くので、トータルではものすごい種類の料理を食べることになります。
ケール、ブロッコリー、ロマネスコ。素材のひとつひとつに個別具体的な調理が施されており、それぞれの長所が活きています。特にケールのホロ苦さが絶妙。なめらかなジャガイモのピュレもまとまりがあって凄くいい。
手長海老のラヴィオリ。中国の気前の良いエビシューマイ屋のように、手長海老がギュウギュウに詰まっています。ひたすらに旨い。節度のあるトリュフの香りやちりめんキャベツの甘さが心地よいアクセントに。
アーティチョークが最高の素材。それほど好きな食材ではないのですが、これは心から美味しかった。ヒヨコ豆のカプチーノソースもターメリックの香りが鳴り渡り痛快な味わい。
4eme Service。前菜セット最後のサービスです。

「しばらく海外に住もうかなあ」夕食のおかずの話でもするように移住計画を口にする連れ。それならリヨンにして欲しい、と自分勝手な要望を伝えると「リヨンもいいね、ピラミッド、連れてってあげる」ちなみにピラミッドとはリヨン近郊の超高級レストランです。
ロワールのホワイトアスパラガスにモリーユ茸。ちょっとちんこに見えますが味は確か。素材から滲み出る旨味が入念に凝縮されています。セルフィーユ(チャービル)の爽やかな香りも心地よい。
ボタン海老のスープ。海老料理が続いて幸せ全開。しかしながらオリエンタルな味付けでありこれまでの料理とベクトルがガラりと変わる。食べ手を飽きさせない工夫。ターメリックとパクチーの香りも小気味良い。
ブラック・コッド(タラ)を香りよくキャラメリゼ。タラは貧弱な食材扱いされているのに、ロブションで出されるものは極上品。ワサビの風味が漂うホウレンソウも美味。圧巻の魚料理でした。

「よし決めた!飲もう!」と景気の良い掛け声と共にソムリエに注文を済ませる彼女。漆黒のボトルにシミひとつない真っ白なエチケット。そこに屹立する風格のある塔。も、も、もしかして、、、
ラ・トゥール!気絶しそうになりました。俺もう今夜抱かれてもいい。ちなみにラ・トゥールとは日本語で「塔」の意。英語だとthe towerです。これ試験に出るのできちんと覚えておきましょう。
細心の注意が払われたデキャンタージュに思わず見入ってしまいます。遠くからでもハッキリそれと解かる最上の香りが力強く芳醇で壮絶。口に含むと官能の極み。とろけるようなタンニンに心に沁みるミネラル感。駄目だ、これは語るほどにチープになってしまう。
申し合わせたように現れる肉塊。これで2人前と胃袋が試される瞬間。ツーマンセルでテキパキと取り分けられていきます。サービスのトップらしき方がフランス人で、これまでの料理の感想をフランス語で述べると、めちゃくちゃ喜ばれました。「へえ、かっこいいじゃん。きちんと勉強続けてるんだね。あなたのそういう所、すごく好き」
牛フィレ肉とフォアグラを抱き合わせてじっくりとロースト。こんなにも美しく洗練されたロッシーニがあるか?ポーションこそ迫力があるものの、肉質は極めてエレガントでありスイスイと食べ進めることができます。

先のラ・トゥールも状態が移り変わり、内向的で濃密な香りから飛び切りのカシスへと花開く。若干のトースト香も複雑の極み。タンニンはより一層の円みを帯びる。「こういうワインはボトルで飲まないとわかんないよね」
付け合わせのポテトまでいちいち美味しい。当店の厨房はどうなってんだ。料理人を何人抱えればここまでパーフェクトな調理を実現できるのでしょう。
チーズやデザートを見越してもギリギリ余裕があったので、追加のパンをふたつ。満腹状態でもきちんと旨い。近所にロブションのパン屋できないかなあ。

「ところでさ、色んな女の子とデートしてるみたいだけど、奥さん何も言わないの?」うーん、登場人物が多すぎるから管理するのを諦めているんじゃないかなあ、というか、そもそもヤキモチを焼かない人を僕が選んだ、と評価するのが正しいと思う。「あたしはそんなの耐えられないなあ。あなたは私の何でもないけど、それでも妬いちゃう時があるもん」
緻密に熟成されたチーズたちが届きました。ああ、フランス料理って楽しい。
付け合わせのドライフルーツやナッツからも優美さが伝わってきます。
シャウルスにマンステール、セル・シュール・シェールを選択。最高の味覚を噛み締めながらワインと共に胃袋へ。飲むたびに見事な精巧さと純粋さが伝わってくる。私のエルドラドは恵比寿にあった。
お待ちかねのデザート。ちなみに我々を除く全てのテーブルはお誕生日祝い。みんな笑顔。幸福な人間を生み出し続ける装置、ガストロノミー ジョエル・ロブション。

「ねえねえ、あたしたちってさ、どんなふうに見られているのかな?恋人っぽくは無いよね。愛人とか不倫相手とかも違う。でも、あんなことこんなことドラえもんみたいにやってると思われてるのかな」
グァバのムースにカシスのソルベ。流れ着くソースはパパイヤ。ぶっ倒れそうなほど満腹でしたが、果物主体の現実的な甘味で一安心。
マンダリンのソルベ。品の良い柑橘に香ばしい甘さを湛えるキャラメル。マンゴーの情熱とパチパチキャンディの遊び心が雅びやか。
ライム風味のチーズケーキ。ダリアをあしらった色彩に目が引かれる。ショコラのソースがサラリと舌に吸い付く。
さらなるデザートワゴン。片足けんけんで胃腸のスペースを空ける必要があります。
ショコラのアイスにフランボワーズのアイス、ベリーのタルト。腹が膨れて堪らないのですが、それを凌駕する味覚であるためついつい手が伸びてしまいます。
完璧なコーヒーで胃袋を落ち着ける。「話し過ぎて喉が枯れてきちゃった。あなたと食事するのってすごく楽しい。あたし、今夜はもうしゃぶれないわ」は?しゃぶれない?しゃぶるって僕のラ・トゥールをかい?

「最低。喋れない、って言ったの。あんた頭おかしいんじゃないの?」ああびっくりしたそうだよね危うく耳から妊娠するところでした。
カーテンコールにミニャルディーズ。しかしまあ、呆れるほどの種類と量。ロオジエはパティシエが6人居ると伺い腰を抜かしましたが、当店も同程度に抱えていることでしょう。
内臓が許せば全部食べてしまいたかったのですが、身を切られる思いで5つに留める。右上のギモーブが格別。ギモーブって、マシュマロみたいでそれほど美味しくなる余地のないお菓子だと思っていたのですが今夜から考えを改めます。

悠然と小菓子とコーヒーを楽しんでいると、タイミングを見計らって2杯目のコーヒーが供される。こういう細やかな気配りができる実質的なサービス能力はさすがのロブションクオリティ。
ミントのキャンディでお口を整えてごちそうさまでした!
お土産のパンはふたりでひとつ。「旦那に見つかると面倒だから、持って帰って。送ってく。車向かわせるね」と神対応。このとき私は幸せの絶頂に達しました。

19時に入店し、24時過ぎに退店。人生で最も記憶に残ったディナーでした。私の人生が伝記としてまとめられるのであれば、『ロブションの2017』は必ず一章設けて欲しいところです。なんて素敵な世界に生まれたのだろう。全てが光に満ち溢れている。


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