ラ・ブランシュ/渋谷


La blanche。日本のフランス料理界の重鎮、田代シェフの城。
「犬養裕美子の人生を変える一皿」という古い本があり、その中で当店の『鰯とジャガイモの重ね焼き』が猛プッシュされており、ずっと憧れていたのですが中々お邪魔する機会に恵まれませんでした。

そんな折、連れが「へ?行った事ないの?あたし10年も前に行ったけど、良かったよ。行こうよ。予約しとく」と棚からボタモチ的にお連れいただけることになり、人生は全て上手くいくものである。
ザ・クラシックに古めかしい店内。
テーブルセッティングはシンプル。ゲストによってプレゼンテーションプレートが異なります。
シャンパーニュのボトルのリストが無く、口頭でいくつかの価格を確認したのですが、ちょっと値付けが高い。ワインリスト上にある白赤も方向性が掴めなかったので、今夜はグラスで攻めることに決心。こちらはマム。1,500円であれば少しお得?でもちょっと量が少ない。
リエットが驚くほど滑らかです。ここまで緻密でとろけるものは珍しい。味は優しくこの時点でシェフの虜になってしまいます。
パンも美味しい。丸っこいほうはそのまま食べて大地を感じる味わい。バゲットは先のリエットをたっぷりつけて、それだけで大きなごちそうです。
アミューズ。白魚のフリットは揚げたてで泡のツマミに最高。玉ねぎのタルトは悪くないのですがポーションが小さすぎてストレスがたまる。菊芋のポタージュも、せっかくの味わいなのだからもう少し量を。
白のグラスはサンセールのソーヴィニョン・ブランで1,400円とお買い得。ヴェルヴェーヌやナシの香りが強く、思いのほかトロピカルな味わいで面白かったです。
牡蠣。思い切りの良い炙り。火を通してこの大きさですから、生の大きさは如何ほどのものか。わかり易い味付けに凝縮された牡蠣の旨味。

牡蠣のフランはプルンプルン。ひと舐めすると豊かな香りが口の中に広がり、牡蠣よりも牡蠣の味がします。凄いぞこの店は本物だ。
ヤリイカのズッキーニ詰め、冷たいトマトのソース。30年前から続くスペシャリテ。
まず、ソースに説得力があります。力強い酸味に絶妙な味付け。ヤリイカは最適の素材でありズッキーニの健やかさを揉み解し、温故知新を地で行く一皿。
鰯とジャガイモの重ね焼き。田代シェフの代名詞ですね。みっちりと詰まったジャガイモとイワシ。新しい味覚の体験があるというわけでは決して無いのですが、本質的に、一直線に美味しいです。中央のアンチョビのムースを塗りつけると最上の酒の肴。イワシのスープも整合性の取れた味わい。
カリフラワーのムース。何でもない一口ですが、素材の味わいが的確に引き出されており、非常に好感が持てます。
フォアグラといちごのソテー。イチゴにここまで火を通すのはシェフ独自の感性。フォアとイチゴの香りが強く食べる前から味覚が手に取るようにわかります。口に含んでも期待を裏切ることはなし。

なのですが、店が満席に近づき皿出しのテンポが悪くなってきました。よくよく目を凝らしてみると、お世辞にも品が良い客層とはいえません。昔からの常連が多いのかなあ。
プイィフュイッセ。樽香が強くバターのようなボリューム感。こってりとした魚料理を受け止めてくれることでしょう。
サゴチのポワレ。ぐぬぬやはりテンポが悪い。この皿が出るまでにインターバルが20分ありました。
サゴチ自体は可食部が少なく記憶に残らず。他方、キャベツはスイーツのように甘く印象的。全体を取りまとめるサフラン風味のソースもお見事です。
 八角のグラニテ。アニスの香りが凝縮されています。ありそうでないグラニテ。
私のメインは川俣シャモ。的確な火入れは当然のこと、シンプルな味付けや主役を取り囲むガルニチュール(付け合わせ)の旨さといったらない。当たり前のことを当たり前にやりきる凄さを感じました。ただし、今回のインターバルは30分以上なのである。
連れはエゾジカのミンチのパイ包み。思ったよりも小ぶりで幼児のゲンコツ程度の大きさ。ひとくち頂きましたが、想像以上にコッテリとした味わいで、個人的にはシャモにして正解です。
しかしエゾジカのガルニには立派なホワイトアスパラガスが。この瑞々しさには嫉妬する。
デザートはブランマンジェにキャラメルアイス。それぞれの味が極めて濃く、実質的なデザートです。素直に旨い。ただし盛り付けるだけのデザートに20分待ちはやりすぎでもある。
連れはバナナのパルフェ。「ああ美味しい」とのことです。
コーヒーが出るのにも15分近くかかりました。どうなってんだ。それでも小菓子が充実しており、左からカルヴァドスのムースに青汁、ポルチーニのプリン、ヘーゼルナッツの焼き菓子にミカンと意欲的な作品が最後まで続きました。

全ての料理が美味しかった。これは凄い。フランス料理の真髄とは何かを理解させてくれるお店です。

ただし、繰り返し述べるように皿出しのテンポが驚くほど悪いのが残念。ツェルマットのAfter Sevenとまでは言いませんが、湯河原のエルルカンビスに近いノリの悪さを感じてしまう。

ホールスタッフが忙しなく店内を走り回り、何度も何度も盛大にカトラリーをひっくり返し「失礼しました~」となるので、雰囲気としては居酒屋のそれに近いです。プロポーズなどの重要な局面には全く不向き。グルメな一族が家族会をやる場合や、食道楽の友達同士大勢でお邪魔するのが良いでしょう。
ちなみに冒頭に紹介したこの本、8年経った今でも色あせることなく、むしろ興奮に満ちています。次々に奇抜なテクニックを披露するんじゃなくて、やっぱ料理は美味しくなくっちゃね。目をつぶって食べて旨いぐらいがちょうどいい。


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