伊勢利/人形町


「ハシゴ酒しようよ。しばらくキミに会ってない」と2児の母より連絡。彼女はベビーシッターに子供を預けてでも飲みに出るという、21世紀型アーバン系飲み仲間です。
指定された日は偶然にも私の誕生日当日。古民家を改築した一軒家フレンチにご招待して頂きました。

「ごめん、今日のシッターさん、終電が早くって。23時頃には戻らなきゃ」苦しゅうない。そこまでしても出てきてくれるという事実だけで、私は幸せ者でございます。
ハートランドで乾杯。誕生月は連日連夜の大宴会であるため、おっとりと食事をする夜くらいは低アルコールで進めます。

旦那さんは大丈夫なのかい?と月並みな心配の声をかけると、「プライベートのことは本人に任せてもらってるの」とわかったようなわからないような回答。
青海苔のゼッポリーニ。ピザ生地に青海苔を混ぜて揚げたもの。ご想像の通りアミューズとしては重い。しかし私の食欲にかかれば、ヘヴィ級のピザは見事にグラスビールと一緒に溶けた。

2種類のコースがあり、アラカルトでも注文できます。さらに幾許かの差額を払えばコースの内容を自由にアレンジすることも可能。融通のきくお店って大好き。さっそく軽めのコースを選択し、前菜は私の大好きなエビ料理に差し替えて頂きました。
特大のボタンエビに新鮮なヒラメを並べ、カリフラワーのムースを敷き、イクラを散らし、ムール貝の泡をふんわりと立て、仕上げに柚子をふりかける。聞いただけでエモいでしょう?味はもちろんボリュームも結構大きく、この時点で大満足。
パンはトーストと変化球。パリっとした香ばしさと水分を湛えたミルキーな生地。食パンが出るフレンチは珍しいですが、アリですアリ。ありをりはべりいまそがり。
甲州にごりワイン。タンク内のにごった上澄み部分を無濾過で瓶詰めした出来立てのワインです。微発泡でグレープフルーツのような味わい。やや甘く、優しい。この時期限定というレア感もいいですね。
セップ茸のコロッケに安納芋のソース、生ハム。特濃のセップ茸クリームを内包したコロッケに、こってりとした安納芋のソースを流し込みます。間違いなく美味しいのですが、先のゼッポリーニもあったことですし、序盤から胃袋に響く。
洋風茶碗蒸し。エビの香り、すなわち甲殻類のエキスが強烈に滲み出た逸品です。エビ好きの私としては大好きな料理。欲を言えば、具材がやや貧弱か。もっと値上げして、心が躍る魚介を詰め込んでも良いかもしれません。
シャルドネへ移行。パンシャル(パンチのあるシャルドネ)です。当店の美点は酒の値付けが安いところですね。きちんとした料理なのに、ボトルの最多価格帯は5,000円前後です。
ブリのカツレツにカブのソースとコリアンダーのソース。皿を彩る食用の花に女性的なセンスが光ります。

「美味しいけど、さすがにちょっと、重いわね」健啖を競う我々ですらそう感じるのですから、小食の方は軽やかな料理主体でコースを組み立てたほうが良いかもしれません。
メインはマグレ鴨。これまでの魚料理からは一転、ライトな肉料理です。緑色は春菊のソース。圧巻はベージュ色のナスのソース。秋の香りがしっかりと伝わるソースであり、ソースと言いながら下手な付け合わせよりも多量のナスが使われているのではなかろうか。
グラスの赤はグルナッシュとテンプラニーリョ。正露丸のような香り。スパイシーでやや薬草っぽい。ちょっと攻めすぎたかもしれません。
「お誕生日おめでとう」とデザートプレートを用意してくれました。彼女は幼少期から美しく聡明でモテまくる人生を歩んでおり、若い時分には私のことを歯牙にもかけてもらえなかったのですが、30代も半ばとなった今、結果的には2人きりで誕生日をお祝いしてもらえるようになりました。今、笑われても構わないけど最後は僕が笑う。稲葉浩志の気持ちが少しだけわかるような気がします。
「ちょっとしたプレゼント。チョコ好きでしょ?このお店、知ってる?」知ってる知ってるオクシタニアルでしょ?ステファン・トレアンがエグゼクティブ・シェフのお店で、この前のサロンドショコラに本人が来てたよ!写真撮ったもん!と身を乗り出すと「落ち着いて、そこまで好きだとちょっと引いちゃうんだけど」
本当にご馳走になっていいの?悪いよ、と遠慮すると「何いってんの。今日はキミの誕生日じゃない」と伝票をひったくる彼女。

『世の中にはご馳走になって当然、って思っている女の子ばかり』って東京カレンダーに書かれてたからさ、と目を伏せる私。「あたしからすると、男にタカる女は全く理解できないけどね」とどこ吹く風。

「いい?ご馳走になるってことは、それ相応の価値を提供しなきゃいけないってことなのよ。それは若さかもしれないし、美貌かもしれないし、トーク力かもしれない。そういう価値を提供できなくなった時点で、彼女はその男に二度と会ってもらえなくなって、そのうち誰からも相手にされなくなるでしょうね」

「あたしにはそんな価値、提供する自信なんかないし、自分で稼いだほうが手っ取り早い。だから対当な関係のほうが居心地がいいの。だから私はきちんとお金を払う」彼女が一般の男性と結婚した理由が、今ようやくわかりました。

「あたしの人生は、あたしがコントロールするの。わかったなら、次の店、早く行こう」と、私を店から引っ張り出す。

自分の人生の主役は自分。簡単そうでいて、難しい。

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「好きな料理のジャンルは?」と問われると、すぐさまフレンチと答えます。フレンチにも色々ありますが、私の好きな方向性は下記の通り。あなたがこれらの店が好きであれば、当ブログはあなたの店探しの一助となるでしょう。
日本フレンチ界の巨匠、井上シェフの哲学書。日本でのフレンチの歴史やフランスでの修行の大変さなど興味深いエピソードがたくさん。登場する料理に係る表現も秀逸。ヨダレが出てきます。フランス料理を愛する方、必読の書。



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