チーズをめぐる冒険 vol.4~プロニート疑惑~


カチャカチャと心地よい食器の音で目が覚めました。リビングへ行くとホストが朝食を準備してくれている模様。
ああ~、僕ら、朝ごはんは食べない主義なので、コーヒーだけでいいですよ~、と伝えると、絶望的な表情を浮かべ「これは宿泊代金に含まれているので食べるべきだ」と熱弁をふるうホスト夫妻。

そこまで迫られて食べないでいられるほど私は芯が強くないので、有り難く頂くことに。「それでいいのよ。それじゃ、今から旦那にパン買いに行かせるから」今から買いに行くんかい。
チョコレートがたっぷり詰まったクロワッサン的なパンと、ドライフルーツを身にまとったパイ生地のものの2種。これが旨い。やはりパン文化の国であり、街に必ず1軒は手作りパンを提供する店を持つ国の底力である。

「美味しいでしょ。でも、これは太るわよ。リゾートの間だけにしときなさい。この前、アラスカの医者が3ヶ月滞在していったけど、20kg太って帰っていったんだから」とウインク。
朝食を共にするので身の上話。ホストの彼女はウェブデザイナーであり、勤務先はここから離れているのですが、業務の殆ど全てを在宅勤務でこなしているため、Airbnbの運営が可能になっているようです。

「1日中ずっと仕事しているわ。朝の5時に起きて夜中の1時に寝る生活」とは言え、自分のペースで仕事を進めることができ、自由に休憩や食事を取ることができるスタイルはバランスが取れているようにお見受けしました。
バスルームに洗濯機があったので使っても良いかと尋ねると、「使ってもいいけど、(条例か何かで)この街では外に洗濯物を干しちゃいけないの。近所の皆は近くのコインランドリーで洗って乾燥機にかけてるわ」

君たちもそうするといい、と、ホストの旦那さんがコインランドリーまで連れて行ってくれる。
洗濯物の種類に応じて洗濯機の大きさを選んで、コインを入れて、洗い終わったら乾燥機に移して時間を指定してコインを入れて、と、旦那さんが親切に教えて下さいます。

親切だ。洗いたてのシーツのように一点の曇りもなく、純真無垢に親切である。しかしですよ、今日は思いっきり平日であり、何なら昨日も平日である。なぜ彼は常に家にいて、日がな一日テレビを見ていられるのか。この辺りから彼のプロニート疑惑が持ち上がる。
映画祭で有名なカンヌへ向かう。航空券のように立派な切符なのに僅か6ユーロなのは少しだけ嬉しいです。
カンヌはニースのすぐ近くの街で海も続いているので当然に海沿いが美しいです。ただ、ビーチの雰囲気は幾分異なり、ニースののんびりとした空気感とは対照的にド観光地であり若干ゴミゴミしています。私はニースのほうが好きだなあ。
一通り街を散歩した後、カンヌでいちばんのレストランへ。海に面したテラス席で完璧な接客に最上の味覚。おなかいっぱい食べてたっぷり飲んで、100ユーロポッキリという奇跡。詳細は別記事にて。
昼食が実質飲み放題で調子に乗って飲み過ぎました。駅まで歩いて電車を待ち電車に乗り、そこからまた歩くのも面倒なので、UBERを利用することに。

電車と徒歩であれば1時間かかる道程が、UBERであればたったの20分で到着。このどこでもドア感に一度ハマると止められない。ちなみに車種はメルセデス・ベンツ。費用はたったの24ユーロ。UBERを活用すると限られた滞在時間を最大限有効活用できます。
ピカソ美術館に到着。写真NGなので外観のみ。それにしてもピカソの眼は嵐の如き輝きである。歳をとってもあのセクシーな眼光さえあれば、いつまでたってもモテていられるのですね勉強になります。
ピカソ美術館がある街アンティーブはニースとカンヌの間。カンヌとは打って変わってリラックスした雰囲気です。ややもするとニースよりも安閑としているかもしれません。
街をぶらぶら散歩していると駅に到着。各停に乗ってニースに戻ります。車両のイタズラ書きがファイナルファイト級に深刻である。人様のモノにこのような落書きをする神経を理解できないのは当然のこと、そのまんま放置して客を迎える鉄道会社の肝っ玉も信じがたい。
ニース駅を左に出て新市街を散歩。ところどころ治安部隊が物々しい銃を構えながらパトロールしているのでドキりとします。こういうコストは大嫌い。世界が平和でさえあればこんな無駄な警備が消えてなくなるのに。世界には愛しかない、そんな日が来るといいのにな。
モノプリ(イオン的なスーパーマーケット)の食料品売場をひやかす。ランチが充実しており腹の虫が未だノックアウトされたままだったので、夜はレストランでなく宿泊先で部屋飲みしようという結論に。バノン(日本だと2,000円ぐらいするチーズ)が3ユーロで売られているのに大興奮。
さすがのロゼ王国のお膝元、スーパーのワインコーナーにロゼ特設会場があり、港区の全てのロゼを集めてもかなわない量が置かれていました。ロゼ愛好者としては一日中眺めていたい光景である。
Airbnb邸に戻ってチーズをつまみながら酒盛り開始。初めて見るタイプの抜栓器であり、これまた親切に旦那さんが丁寧に開けて下さいました。キュキュキュとコルクが滑る音が静かな部屋に響き渡る。これはプロニートに職業を聞き出す千載一遇のチャンス!

なのですが、ノミの心臓の私はとても聞くことができませんでした。ちなみにAirbnbのホストである奥様は、webデザインの仕事の合間をぬって我々の話し相手となったり、他のゲストのAirbnbの手配を進めたり、アイロンしたりと八面六臂の大活躍。

他方、プロニートがこなしたタスクと言えば、朝にパンを買ってきたことと、コインランドリーに私たちを案内してくれたことと、奥様に指示されてタマネギを買ってきたこと、これだけです。その他の時間はゆったりとリビングのソファに座り、昼はソープオペラ、夜はサッカーの試合をテレビで観ているだけです。もちろん一生遊んで暮らせるだけの金額を稼いでアーリーリタイアしたのかもしれませんので、この時点で彼の価値を評価するのは早急であろう。

それから、この家の更なる謎として、来客が滅多矢鱈に多いのです。ほぼ1時間おきに来客があり、勝手知ったる振る舞いで家の中にズカズカと入り込んできます。親戚が同じ建物に住んでいるのでしょうか。その証拠に20時ぐらいにチャイムが鳴り、プロニートがミートソースパスタを1人前のみをどこぞのご近所様から受け取り、キッチンでひとりで黙々と立ち食いを始めるのです。その間、奥様は黙々とモニタに向かい絶賛仕事中。

途中、プロニートはポタポタとミートソースを食べこぼし、その数滴が素足に降りかかり、アツっとなってぴょんぴょんしながらキッチンペーパーで足の甲を丁寧に拭っていました。
食事の話でした。左からブレス・ブルー、セル・シュール・シェール、ピコドン、シャビシュー・デュ・ポワトー。セル・シュール・シェールが特に素晴らしかったです。山羊乳特有の香りと緻密な組織、酸凝固由来の爽やかさ、時間がたってトロリとした舌触り。これが数百円で食べることができるフランス人は幸せものである。
ランチのパルム・ドールで頂いたお土産のパンと一緒に食べればそれだけで極上の夕食です。

我々夫婦はロゼを片手にチーズとパン、プロニートは立ち食いでミートソース・スパゲッティ、奥様はヘッドセットで電話会議。なんとも不思議な人間関係の4人の夜は更けていく。



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