フロリレージュ/外苑前


ミシュラン1ツ星Florilege。カンテサンスならびにル・ブルギニオン出身で、いずれのお店も私の大好物なのですが、なぜか当店に前回お邪魔した際は全然ピンと来ず、首を傾げながら退店することになったのです。

それでも世間の評判は上々であり、当店の川手シェフはカンテサンス出身者としては白眉な存在というのがグルメ仲間の定説であったので、単に私の趣味志向に合致していないだけなのかなあと無理矢理自分を納得していました。

そんな折、「フロリレージュが移転して無茶苦茶カッコ良くなった。東京のレストランを語る上で行かないのはモグリ」と通報。あまり気が進まなかったのですが、一流のミーハー魂が私の重い腰を押し上げ、なんとか座席を確保しました。
ウァアオ!かっこええ!81の劇場型コの字テーブルとは一味も二味も異なる存在感。コロシアムのように調理場が一段低くなっており、まるで自分が料理の鉄人の審査員になったような錯覚にとらわれます(写真は公式webサイトより)。

さらに圧倒的なこの空間を創り上げているのはゲストの面々。これでもかというほど食にうるさそうな方ばかり。業界人とキュルルン系女子のような不健全なカップルは一組もおらず、お前ら絶対仕事で来てるだろという鋭いプロの眼光が居並びます。ちょっとした前衛的な皿などビクともしないぞと、気難しい表情で料理人たちの手元を観察する。このゲストたちに見下ろされながら丸裸で調理するのは胃が痛くなりそう。若い料理人たちは当店で修行すれば飛躍的に実力が伸びることでしょう。
コースは11皿のおまかせのみ。ワインはペアリングでお願いします。まずはシャンパーニュ。シャルドネ特有の爽やかな苦味が食欲を刺激します。ちなみに当店のシャンパーニュはペアリングに含まれており、シャンパーニュだけは別会計というお店が多い中、これは嬉しい仕組みですね。
「投影」がテーマの一口でスタート。フキノトウとフロマージュブラン(フレッシュチーズ)をエアリーに仕上げたアミューズ。良い苦味です。泡にもピッタリ。ゲストの期待感を大いに煽る素晴らしき最初の第一歩。
この皿のテーマは「懐かしみ」。新鮮で旨味の強いイワシを片面だけ炙り、柔和な新タマネギのアイスクリームの上に寝かせます。ヘシコを練りこんだ自家製パスタの変化球も圧巻。和のテイストがシェフの独自性を際立たせ、私の中で2016年上半期最もレベルの高い料理です。あまりの美味しさに、うっかり天に召されそうになりました。しかしテーマの意味は全く不明。この皿が懐かしいだなんて、どんな人生を歩んで来たのか。
合わせるワインはシュナンブラン。ノンフィルターで濁っています。私は有機とかビオとか無濾過とかを元々好まないので残念賞。
真っ黒で軽い器を手渡される。中の布を取り出すと、
酒粕の蒸しパンが登場。これは全然美味しくなかった。モソモソした食感で深みがない。それほど酒粕も感じません。これなら普通のパンでいいや。
テーマは「コンフィ」。突然そのまんまです。スッポンの卵と出汁のフラン(茶碗蒸し)の脇にスッポンのエンペラを配置し、大ぶりで肉厚なスッポンの身を中央に鎮座させる。仕上げにワラビ。

フランは期待通りの味わいで文句なし。エンペラのゼラチン質は意図が私には理解できませんでしたが、その一方でスッポンのコンフィの味わいの素晴らしさといったらない。食べ応えのある歯ざわりにジューシーなエキス。シェフは和食の料理人としても大成したことであろう。
おや、アモンティリャードだ。これはもしかして、アピシウスのウミガメのスープとアモンティリャードのマリアージュに対するオマージュでしょうか?私の考えすぎかもしれませんが、1人で勝手に嬉しくなってしまいました。
「コントラスト」。川手シェフの代名詞、フォアグラです。しかし私は彼のフォアグラを甘く甘く食べさせる芸風があまり好きではなく、やや身構えてから臨みます。

食べて驚き、何とも爽やか!苦味のあるムース(菜の花?)とサワークリームを極上のフォアグラと共に口に運ぶ爽快感。数々の山菜が次々に大地を感じさせてくれ、フォアグラのクドさを一掃する。焼肉の脂をアサヒスーパードライで洗い流す感覚に似ています。コントラスト。ぴったりのテーマですね。
酒は仙禽を。品の良い爽やかなフルーツ香とちょっぴりの辛口、少しの甘味。先のフォアグラに対しては控えめに控えめに寄り添う。料理にピッタリというよりも、料理を引き立たせるために尽力する、そんな合わせ方でした。
「サスティナビリティー」。子供を産みまくった十数歳のおばあさん牛のカルパッチョです。赴き深い熟成感。フォンを主体にした熱々のスープを流し込み、高尚なしゃぶしゃぶのようにして頂きます。リンゴのソルベも意外性があっていい。
スペインのグルナッシュ×シラー。薬草というか何というか、独特のスパイシーな酒躯体が妙齢の雌牛にぴったりでした。
「ヘテロ」。牡蠣のかき揚げ(シャレ?)です。テーマは全くの意味不明ですが、んなこたぁどうでもいい、旨さが過ぎる。上質な牡蠣を温度を高めてギュっと凝縮し、海の豊かな風味を約束します。山場は衣のおかひじき。独特の風味が牡蠣の旨味と渾然一体となり、猛き味わいへと移り変わる。レモンのメレンゲで一休みする工夫も素敵だなあ。
合わせる飲み物はカクテル。ビールを液体窒素で泡のまま凝固させたアイスに甘夏とアブサンを流し込む。夏ですねえ。マリアージュとか抜きにしてこれ単品で大好きです。ジョッキで飲みたい。
オマケで牡蠣のエキスが一口分。これにもまた悶絶。牡蠣の美点が濃縮されており、牡蠣よりも牡蠣の味がしました。
「和の風味」。テーマが唐突に常人の作文のようになりました。ウロコを立たせた甘鯛に山菜のソース、魚の出汁。これも文句なしに美味しいのですが、独創的かというとそうではなく、どこかで食べたことがある味わいでした。

ところで、他のテーブルはエビを躍動的に盛り付けた皿を楽しんでおり、嫉妬心に駆られて思わずスタッフに、どうして甘鯛とエビの人がいるの?と尋ねてしまう。「何度かご来店されて、料理が重複しないように」との説明でした。ぐぬぬ、これはまた来ないと。
仕上げにバターで炒めたカブを追加します。このカブはバターの長所を身に纏っており、ガルニチュールとして良い仕立て。こういう何でもない脇役が美味しいのって、本当に実力がある証拠ですよね。
正統派のシャルドネ。適度な樽のバター香とカブが絶妙の取り合わせ。一方で、甘鯛の奥ゆかしい味わいはマスキングされてしまい、結果、別々に食べることにしました。
「分かち合う」。巨大なシャモを他のお客さんと分け合って食べましょうというコンセプト。途端にテーマが解かりやすくなってきました。
繰り返しになりますが臨場感が抜群です。いずれは世界のスターシェフにまで上り詰めるであろう川手シェフが目の前で縦横無尽に立ち回る。彼を支えるスタッフたちの眼差しも真剣そのもの。仕事に対する気迫が手に取るように伝わってきます。良い職場だなあ。Meadowoodのダレたキッチンとは大違いだ。

BGMは脂の爆ぜる音や皿の重なり合う音。旨いもの好きとしては最高のエンターテインメントです。それにしても、この全てをディスクローズする姿勢には全く恐れ入る。ごくたまに失敗シーンも見えちゃったりするのですが、人間味が溢れて思わず笑みがこぼれます。
先ほどの肉塊を切ってソースをかけるだけと思いきや、モチ米のおこげで食感に動きを与えます。この米使いは西欧人には中々できないでしょう。「フランス人、酢飯の作り方がわからないらしくて、必死に酢の分量を計って一生懸命炊いてるの。最後にふりかけて混ぜているだけなのに(笑)」という、ある料理人から聞いたコロンブスの卵な逸話を思い出しました。

肉質はどこまでも柔らかく純真無垢。おこげのガリっとした食感と、奥歯の窪みに留まって旨味を保持する設計が見事でした。
王道にピノ。クリアなシャモの味わいと醤油(?)風味のおこげにベストマッチ。欲を言えば、もっと量を飲みたかった。ペアリングのお店って、飲むペースを速くすると、お店側の好意で注ぎ足ししてくれることが多いのですが、当店でそのサービスはありませんでした。残念。
デセール一皿目は「テクスチャー」。温かいキャラメルの皮の内側には冷えたパッションフルーツのムース。ふたつの温度帯を使い分けることが好きですね当店は。キャラメルの甘さは控えめで丁度良し。パッションフルーツのタネのバリバリ感がアクセントとなり美味しかった。
合わせるワインはモスカテル。ワインはブドウから造られるのにブドウの味がしない不思議な飲み物ですが、ことモスカテルに限ってはブドウの味が前面に現れています。おまけに先のキャラメル&パッションフルーツとも見事な調和。本日のベストカップル賞。
「お似合い」。落花生のブランマンジェ。ピーナッツの甘さを上手にプレゼンテーションできた逸品。量もたっぷりで大満足。
卵黄を用いたソース(?)が中央に隠されているのですが、目玉焼きのようなヴィジュアルに心が和みました。
〆のお酒はサヴァニャン。エレガントかつリッチ。当店のペアリングに冒険心はあまりなく、教科書のような組み合わせの提案が多いです。私はワインについて極めて保守的なので、このような方針は非常に好ましい。
「旬」。ヨモギのチップスが立体的に構築され、
ヨモギのペーストとアイス(失念)を乗せながら頂きます。ああ、この饗宴も終わりに近づいているのかと、寂しい気持ちがこみ上げる。
温かい飲み物に、私は緑茶、連れはハーブティー。
お茶菓子は甘いイチゴをゼリーでコーティングしたもの。色とりどりのミニャルディーズも嬉しいですが、このような一点突破主義もまたおかし。
お茶は奈良県の大変に立派なものだそう。まずは低温で抽出して味見し、その後高温でたっぷり頂きます。レフェルヴェソンスの抹茶もそうですが、世界を意識しているお店は随所に和のエスプリをきかせてくるのが楽しいですね。美味しいコーヒーはどこでも飲めますが、美味しいお茶を飲む機会は中々無いので大満足。

久々に圧倒的な迫力を感じたディナーでした。感動です。コースに波があるわけではなく、常にフォルテッシモで駆け抜ける感覚。皿出しのテンポも良くリズム感があり、東京、いや世界でもトップクラスのレストランの仲間入りです。

移転前にとは全く印象の異なる完全に別のお店です。恐らくシェフは元々このような突き抜けた感性を持っていたのだけれど、狭く導線の悪いハコに押しつぶされていたのではなかろうかと邪推してしまう(そういう意味でアビスの行く末が少しだけ気がかり)。

これは間違いなく世界を狙えますね。近い将来ミシュラン2~3ツ星は当選確実、The World's 50 Best Restaurantsの背中はもうすぐそこ。それでいてひとり30,000円に収まりナリサワの半額以下とは奇跡としか言いようがない。今のままでも大満足なのですが、是非金額を倍にして、食材費など気にかけることなく才能を余すことなく発揮して欲しいところです。

関連記事
「この店は世界を狙える!」と興奮したお店をまとめました。感動するレストラン。費用対効果厨は決して辿りつくことのできない桃源郷。
「お店の情報はどこで仕入れてるの?」という質問をよく頂戴しますが、この本でアタリを付け、片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。

フロリレージュ