都内でも珍しいオーストリア料理を専門とするレストラン「EWIG(エーヴィック)」がミシュラン1ツ星を獲得。店名はドイツ語で「永遠」を意味し、伝統的なオーストリア料理を現代的な感性で再構築して提供しているようです。場所は外苑前駅から歩いて10分ほどで、
「オルグイユ(L'orgueil)」の跡地と言えば分かり易いでしょうか。
店内はオルグイユの面影を残す印象があり、いくつかの什器はそのまま受け継いでいるようです(以上、写真は公式ウェブサイトより)。
菅野眞次シェフは銀座「ハプスブルク・ファイルヒェン」において神田真吾シェフに師事し、オーストリアへと渡ってからは、彼の地の複数の星付きレストランで経験を積んだようです。
ワインは全てオーストリア産のもので揃えられています。私はオーストリアのワインに全く馴染みがないので、ソムリエにじっくり相談させて頂きましたが、なるほどフランスの狂乱相場に比べると実に手頃な価格帯ながら高品質なものが多く感じました。もちろんグラスワインやペアリングのプランの用意もあります。
始まりはターフェルシュピッツ 。牛肉の塊を香味野菜と一緒にじっくり煮込んだ伝統料理ですが、当店のそれはランプを煮込んだものを筒状の生地に詰め込んで楽しみます。別添えの熱々の澄んだコンソメスープを合わせることで本来の煮込み料理としての深みが完成し、初手から「この店は只者ではない」感が伝わって来ました。
グランメルシュマルツ。オーストリアの伝統的な豚脂のペーストです。豚肉には梅山豚を起用しており、フランス料理のリエットに比べると重厚なコクが感じられます。旨すぎて滅。丼いっぱい作ってレンゲで食べたいくらいである。
スペシャリテのザッハトルテ。オーストリアを代表する銘菓をフォワグラを用いた前菜へと昇華させたひと品です。本物さながらの漆黒のビジュアルで、カカオが香る生地やトリュフの艶やかなコーティングを纏ったその内側には滑らかなフォワグラが潜んでいます。視覚的な遊び心とガストロノミーとしての圧倒的な完成度が同居する、まさにこの店でしか味わえないモダン・オーストリア料理の真髄でしょう。
カイザーセメル。オーストリアの食卓には欠かせないパンだそうで、表面に5本の溝があり、王冠(カイザー)のような形をしているからこう呼ばれるそう。外側はパリッとしていて香ばしく、中はふんわりと軽すぎず、程よい弾力があります。鮮やかな色彩が目を引くパプリカを練り込んだクリーム(?)がパンの風味を一層華やかに引き立てます。
オマールブルー。弾力があり甘みが強く、シャンパーニュソースの高貴な香りと軽やかな酸味が素材の輪郭を鮮やかに際立たせます。ここだけ切り取ればフランス料理のようであり、いや、上質な料理を前にすれば定義や分類は無力なのかもしれません。ちなみに「プンマークラウト」を土台としているそうで、いわゆる「ザワークラウト(キャベツの酢漬け)」の超豪華版といったところでしょうか。
こちらは「ゲフリテ・パプリカ」というオーストリアの定番料理をアレンジしたものだそうで、直訳すると「パプリカの肉詰め」でしょうか。梅山豚のきめ細やかな肉質と噛むほどに溢れる上質な脂の甘みが、柔らかく火入れされたパプリカの風味と上手く融合しています。添えられた「シュペッツレ(手打ちショートパスタ)」はモチモチとした食感でパセリのソースをたっぷりと抱き込み、ひと皿の食べ応えを底上げしています。
神経締めされたヤイトハタ。肉厚で弾力のある引き締まった食感と、噛むほどに溢れ出す純粋な白身の旨味が印象的。圧倒的な素材力。ソースはオーストリアを代表する白ワインの品種、グリューナー・フェルトリーナーを用いており、この品種特有の爽やかな酸味と白胡椒を思わせるほのかなスパイシーさが、ハタの豊かな脂を上品に引き立て、軽やかな余韻へと導きます。
メインは堂々たる牛フィレ肉。しっとりと柔らかく、肉本来の清らかな旨味が口いっぱいに広がります。春の息吹を感じさせるホワイトアスパラガスの瑞々しい甘みも堪らなく美味しい。横の揚げ餃子みたいなのは、オーストリアが誇る伝統菓子「シュトゥルーデル」の技法を食事系の味覚に仕上げており、企画モノというわけではなくきちんと美味しいのが素晴らしい。
デザートひと皿目は「ハイセ・リーベ」。直訳すると「熱い愛」であり、バニラアイスにラズベリーソースというシンプルな組み合わせ。ラズベリーの鮮烈な酸味が濃厚でクリーミーなバニラアイスの甘味を引き締め、シンプルながらも抗いがたい幸福感をもたらします。
デザート2皿目は「モーツァルト・パラチンケ」。オーストリア版のクレープである「パラチンケ」に、ザルツブルクが生んだ偉大な音楽家モーツァルトの名を冠しています。香ばしく程よい厚さで焼き上げられたパラチンケの中には、濃厚で芳醇なピスタチオクリームがたっぷりと包み込まれています。ピスタチオ特有の高貴な香りとナッティなコクが、滑らかな口溶けと共に広がります。
お茶菓子も素朴な外観であるものの上質な味わいであり、最後の最後まで抜かりはありません。きっとこれらもオーストリアの伝統的な焼き菓子なのでしょう。食事が素晴らしいだけに、私のオーストリアに係る知識の欠落を悔いたディナーでした。
食事を終えて強く感じるのは、自分の浅はかさに対する自省の念です。「ミシュラン1ツ星を獲得したばかりのオーストリア料理店」というフレーズだけを聞き、どこか新奇さを狙った企画モノではないかと疑ってかかっていた自分を、今すぐ呪ってやりたい気分です。
当店の、ひと皿ごとに突きつけられる圧倒的な完成度を前に、そのような偏見は木端微塵に砕け散りました。ここにあるのは伝統への深い敬意と、それを現代のガストロノミーへと昇華させる緻密な技術、そして何より「旨い」という根源的な感動です。
世界には、私の知らない素晴らしい料理がまだまだ無数に存在している。そんな当たり前の事実に改めて打ちのめされると共に、真にレベルの高い料理の前では、国境や料理人の国籍といった分類は何の意味にもならないことを痛感した夜でした。
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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。