2026年春に開業した「野趣先(やしゅせん、Yashusen)」。金沢有数の繁華街・片町エリアの喧騒から一歩離れた十三間町に位置し、古民家をリノベーションした風情ある佇まいが目を引きます。店名は素朴な自然の恵みを表す「野趣」と、研ぎ澄まされた「先(洗練・先鋭)」を組み合わせた造語だそうです。
店内はカウンター5席と個室2部屋という贅沢な空間。風情ある格子や重厚な梁といった建物の歴史を感じさせる意匠を残しつつ、静けさと気品が漂う現代的な和のデザインが融合しています(写真は食べログ公式ページより)。小倉久昭シェフは白山市出身で実家はお米農家。京都の日本料理店で長く腕を磨き、大店の厨房も統べた経験もあるそうです。
飲み物につき、ビールは千円前後に日本酒は1合千円強~といったラインナップ。目玉は日本酒のペアリングであり、5千円ポッキリでお料理ひとつひとつに合わせた日本酒をお出し頂けます。酒飲みであればペアリング一択でしょう。
先附は太刀魚。煎り酒のジュレを添え、濃厚でクリーミーな雲丹を合わせることで初手から重層的な味わいです。プチッとはじけるフィンガーライムの爽やかな酸味もいいですね。グジェール出してアミューズは終わりという雑なフランス料理店は見習ってほしいところです。
お椀は天然のスッポン。コラーゲン質のとろみと滋養豊かな旨味が特長的。焼茄子は皮に香ばしさをまとわせつつ、とろりとした果肉の甘みと出汁の吸い込みが良く、スッポンの重厚感に対して柔らかな受け皿の役割を果たします。
お造りは赤イカの素麺にハモと戻りガツオ。中でも赤イカが素晴らしいですね。素麺づくりのパロディな外観の面白さはもちろんのこと、色んな薬味(?)と共に愉しむスタイルが秀逸。淡麗・上品・濃厚という味わいのグラデーションを楽しむ逸品です。
蓮根まんじゅうを揚げたもの。加賀蓮根を用いており、もっちりとした独特の粘りと甘みが印象的。中には京鴨が組み込まれており旨味が強くジューシー。底に敷かれた金時草の独特のぬめりが食感にアクセントを加えています。
八寸は夏全開なプレゼンテーション。北陸の山と海のの恵みを一口サイズで彩り豊かに盛り付けており、冷やした日本酒と合わせて飲むにピッタリです。白山麓で仕留められた鹿と甘みのある無花果の組み合わせなども洒落てます。
焼物は琵琶湖の鮎。着席時には鉢の中で生きていたものを、串に刺してじっくりじっくりと熱を入れて行きます。頭に自らの脂が回ってカラっと仕上がり丸ごと堪能。身はふっくらと仕上がり、腹わたのほろ苦さが大人の味わいを演出します。みずみずしく弾ける甘みのトウモロコシとネットリとした舌触りの衣かつぎ(里芋)たちが、素朴ながら滋味深い副菜として全体の味わいを支えます。
こちらも白山で獲れた月の輪熊。赤身がしっかりとした濃厚な旨味を持ち、脂身にもコクがあり、力強い個性を放ちます。焼くことで香ばしさが加わり、野趣あふれる味わいが強調されます。伏見唐辛子や赤万願寺唐辛子、大徳寺納豆も取り入れ方にもセンスを感じ、フランス料理的な色気を感じました。
夏が旬の珠洲の岩牡蠣。大ぶりでミルキーな濃厚さとみずみずしい海の香りが最強で、そこに加賀太胡瓜の青っぽい風味を重ねるというアイデア賞。何とも贅沢なお口直しです。
お食事は鰻ごはん。鰻の美味しさは当然として、やはりシェフの実家の米が旨いですね。香ばしいタレの風味と脂の旨みが米に染み込み、あしらわれた木ノ芽の爽やかな風味と爽快な刺激が心地よいアクセントとなり、この時わたしは絶頂に達したのです。
さらに出汁をかけてお茶漬け仕立てにするという二段構え。出汁が鰻の脂をさっぱりと洗い流し、後半は軽やかな喉越しでフィニッシュです。
デザートは右上が巨峰・シャインマスカット・ブルーベリー、左が桃に梅干・赤紫蘇、右下がキウイを用いた水ようかん。やはり味の重ね方がフランス料理的であり、日本料理店でこんなややこしい甘味が出せるお店はそうそうないでしょう。
以上のコース料理が18,500円に、日本酒のペアリングが5,000円で、合計は23,500円。都心3区であれば4-5万円は請求されて当然の質および量であり、信じがたい費用対効果の良さです。
そして何よりシェフのバックグラウンドが魅力的。実家は農家で狩猟や山菜採りがご近所・親戚含めて当たり前という環境で育ち、その豊かな農的感性が京都で磨き抜かれた調理技術と合流。だからこそ石川のテロワールを深く掘り下げた、新しい日本料理のジャンルが鮮やかに切り拓かれているのだと感じます。
技術だけでも感性だけでも辿り着けない領域にこの店は確かに足を踏み入れています。費用対効果、料理の質、そしてシェフのストーリー性まで含めて、金沢旅行における目玉ディナーとして文句なしの一軒。次の金沢旅行の予定がある方は、真っ先に予約を入れておきましょう。
関連記事北陸新幹線開通前は秘境的な小京都として魅力があった金沢。開通後は客層が荒れだし、土日連休は東京のガチャガチャした人ばかりです。それは飲食店においても同様で、金曜日の夜から日曜日にかけての鮨屋など港区のちょづいた店と雰囲気は似てきています。きちんと食事を楽しみたい方は、連休を外して訪れましょう。
「大人絶景旅」と銘打ってはいますが、石川の名所をテンポ良くまとめています。グルメ情報も多くモデルルートの提案もあり、広告だらけのガイドブックとは一線を画す品質の高さです。