ここ数年の避暑先は
ニュージーランドやオーストラリアが定番でしたが、今年は趣向を変えてモンゴルに滞在してきました。モンゴルについての予備知識と言えば、高校世界史で習ったチンギス・ハーンと元寇、あとはドラマ「VIVANT」のロケ地というぐらいのもので、恥ずかしながらほぼ白紙の状態での渡航です。
事前情報として真っ先に耳に入ってきたのが、首都ウランバートルの渋滞の壮絶さ。人口の半分近くが一極集中する首都に対し道路インフラの整備が追いついておらず、世界有数の渋滞都市として名指しされることもあるそうです。
ウズベキスタンで配車アプリに苦戦した記憶がまだ新しいだけに、配車アプリ(「UBCab」というモンゴル独自のアプリがあるが、渋滞時は機能しない)やタクシー(モンゴルは白タクが基本)を使いこなせるのか、正直まったく自信がありませんでした。
加えて、国立公園でのゲル泊にも挑戦したい。しかし遊牧民のゲルとなると、勝手がわからない状態で個人旅行を敢行する度胸はさすがになく、今回は珍しくツアーでの参加を選択しました。
やってきたのは成田空港第2ターミナル。今回初めて利用する「MIATモンゴル航空」のカウンターに並びます。ソウルやハワイ路線で見慣れた客層とは明らかに毛色が異なり、なんというか思想強めなゲストが多い印象。子連れはほとんど見当たらず、20代前半の若者か、70歳に手が届きそうなアクティブシニアのツアー客が目立ちます。旅先としてのモンゴルは、まだまだ万人向けというよりは、目的意識のはっきりした層に選ばれる国なのかもしれません。。
成田空港を管理する株式会社アイ・エー・エス・エス(IASS)が2023年7月にオープンしたこのラウンジ、私の記憶が確かならば、航空会社が自社の上級会員やビジネス・ファーストクラス旅客向けに提供する専用ラウンジを除き、制限エリア内できちんとした食事を提供するラウンジとしてはコチラが初めてではないでしょうか。
なるほどクレジットカード付帯のラウンジとしては食事の充実度は申し分ないものの、シャワー設備などは無く、エアラインの上級ラウンジと比べるとやはり物足りなさは残ります。とは言えプライオリティ・パスなど何かしらの利用権をお持ちの方は、話のタネに立ち寄ってみるのも一興でしょう。
座席は非常口列に案内され、実に広々。昼間の便のため寝る必要もなく、機内ではひたすら持参した本を読み耽っていました。ただ、MIATモンゴル航空のチェックインカウンターの仕事ぶりには首を傾げざるを得ません。おそらく委託されたグランドスタッフなのでしょうが、どう見ても海外旅行初心者らしきジジイ・ババアを、よりによって非常口座席にアサインしていました。案の定、英語どころか日本語の指示すら怪しく、受け答えも要領を得ていませんでした。
非常口座席のアサインは、緊急時に乗客の避難誘導を手伝えるかどうかが問われる、航空保安上かなり重要な業務です。それを英語はおろか日本語の指示すら怪しい高齢者に割り当ててしまうというのは、もしもの事態が起きたときに一体どうするつもりだったのか、正直かなり不安になりました。
初めて搭乗するエアラインということで機内食も楽しみにしていたのですが、出てきたのは普通のビールに普通の機内食。もちろん機内食の多くは日本国内のケータリング会社が調製しているため、異国情緒を期待するほうが野暮というものなのかもしれません。私が悪い。
また、我々の座席自体は快適だったのですが、いかんせん座席数に比してトイレの数が圧倒的に不足しており、常に10人前後が通路に行列を作る有様。特に後部座席の通路側にアサインされた方々は、離陸から着陸までほぼトイレの行列を眺めて過ごすことになったのではないでしょうか。同じ空の旅でも、座る場所ひとつでこうも体験が変わるものかと、しみじみ実感させられました。
5時間ほどのフライトを経てウランバートルに到着。入国審査は拍子抜けするほどあっさりしたもので、特別な入国書類の類は一切無し。パスポートを提示し、いくつか質問に答えるだけ。税関申告も無ければ、荷物検査で呼び止められることもありません。ちなみに通信についてはahamoは普通に使えましたが、楽天モバイルは対象外でした。
こういう場面に出くわすたび、日本の入国のUXは世界最悪レベルと言っても過言ではないでしょう(写真は成田のQRコード待機列)。おまけにそこまで手間を掛けさせておきながら、その実、潜り込んでくる悪い奴らをきちんと取り締まれていないというのだから目も当てられません。手続きの重さと治安維持の実効性が全く比例していない、まさに「やってる感」の権化のようなシステムです。
到着ロビーでガイドと合流。やや値の張るツアーを予約していたところ、蓋を開けてみればそのツアー自体が高級路線だったようで、日本語ガイド+専属ドライバーが我々2人にずっと付きっきりで対応してくれるという、神イベプライベートツアーでした。ゲル泊のキャンプでも、ガイドたちは近くのゲルに一緒に宿泊してくれるとのこと。

さて、殺人的な渋滞で知られるウランバートルですが、その根本原因は明快です。モンゴル全人口のおよそ半数が国土のごく一部に過ぎないこの首都に集中しており、しかもその集中の過程は行き当たりばったりで、社会主義体制の崩壊後、地方から仕事を求めて人々が首都へ流入し、勝手にゲルを建てて住み着いた「ゲル地区」が同心円状に外へ外へと広がっていったという経緯があります。上下水道すら整備されていないこの居住区に、今やウランバートル世帯数の約半分が暮らしているというのですから、道路インフラが人口増に追いつかないのも当然の帰結でしょう。また、路面状態が悪いのも渋滞に拍車をかける一因で、ウランバートルは夏と冬の寒暖差が大きいため、路面が凍結と融解を繰り返すことでアスファルトが傷みやすく補修が追いつかないそうです。
渋滞の深刻さを物語るのが、渋滞対策として導入されているナンバープレートの末尾数字による奇数・偶数規制。中心部へ乗り入れる車を曜日ごとに間引くという、北京など他の渋滞都市でもお馴染みの荒療治ですが、これを常時発動しなければならない時点で、事の深刻さが窺えます。公務員の勤務時間も、渋滞のピークを分散させる狙いから始業時刻は民間企業より早めに設定されており、最近では民間企業でもフレックス出社を認める会社が徐々に増えてきているそうです。
渋滞という共通の敵を前にして「遅刻はお互い様」という空気が社会全体に根付いており、多少の遅れは寛容に許される風潮があるようです。そもそも遊牧民の暮らしにおいては、ゲルの天窓から差し込む光の角度で大まかな時刻を知る、日時計に近い時間感覚が長らく主流であり、時間そのものへの向き合い方の違いが、今なお国民性の奥底に息づいているのかもしれません。
冬になると渋滞に加えて別の問題が牙を剥きます(画像は
JETRO公式ウェブサイトより)。モンゴル人は暖を取るために何でもかんでも燃やすそうで、それらの汚染物質が渋滞による排気ガスと悪魔合体し、街全体が煙に包まれるようになります。ウランバートルは盆地であるため汚染物質が蓋をされたように滞留し、北京やニューデリーを上回る世界最悪クラスの大気汚染都市に認定されたこともあるほどです。
抜本的な解決策として浮上しているのが地下鉄の建設構想ですが、2012年の承認当初は2020年の完成を見込んでいたにもかかわらず、資金難や事業の停滞で遅々として進まず。現在は韓国企業主導のコンソーシアムにより2030年の運行開始を目指しているとのことですが、誰も期待していないのが象徴的でした。
さらに壮大なのが、首都そのものをカラコルムへ移転するという計画。かつてチンギス・ハーンが築いたモンゴル帝国の都であるこの地に、隈研吾氏率いる日本チームも参画する国際コンペを経て新都市を建設し、将来的に遷都するという「長期ビジョン2050」の目玉プロジェクトです。ただしこちらも例に漏れず遅々として進まず、2030年までに建設着手という目標がどこまで現実的なのか、正直なところ疑わしいと言わざるを得ません。
電動シェアサイクルもそこそこ普及しているようですが、こちらも冬場は積雪と路面凍結でまるきり使い物にならず、稼働は夏限定。そもそもウランバートルは世界一寒い首都としても知られているので、当然の帰結と言えるでしょう。
街を走る車に目を向けると、ほとんどが日本車で、中でもトヨタが圧倒的なシェアを占めている印象。プリウスの多さも際立ちます。電気自動車はあまり見かけませんでしたが、これは後述する中国製品への根強い不信感が背景にあるのかもしれません。
なお、モンゴルは石油製品のほぼ全量をロシアからの輸入に依存しており、この構造がそのままガソリン価格の高さに直結しています。加えて、モンゴルの物価水準は日本とさほど変わらないにもかかわらず、賃金水準は大きく下回るため、現地の方々の生活は相当に厳しいとのことでした。
治安について触れておくと、ひったくりのような荒っぽい犯罪はほとんど聞きませんが、スリは多いとのこと。人混みや市場では油断せず、貴重品はしっかり身につけておくのが賢明です。
さて、大都会のウランバートルから一歩地方に出れば景色は一変します。まるでWindows XPみたいな大草原が地平線まで続き、牛、馬、羊、ヤクが当たり前のようにそこら中を闊歩しており、道端で羊をそのまま売っている光景にも出くわします。南部のゴビ砂漠近くまで足を延ばせば、今度は名物のラクダ肉が待っています。乾燥地帯ならではの貴重なタンパク源として、古くから食べられてきたそうです。
さらに北へ向かえば、ロシア国境に近いタイガの森に「ツァータン族」と呼ばれるトナカイ遊牧民が暮らしています。彼らはモンゴル語で「トナカイを飼う人」を意味するこの名で呼ばれ、ゲルとは異なる「オルツ」という移動式住居に住みながら、トナカイと共に生きる独自の遊牧文化を今も守っているそうです。

道端で家畜を売っているといえば、ロシア人はスイカを路上で売っています。国境を越えてやってきた商人たちが、道端にトラックを停めて山盛りのスイカを並べる光景は初夏の風物詩とのこと。
ところでモンゴルという国は、地図を見れば一目瞭然の通り、ロシアと中国という二大国に完全に挟まれた内陸国です。国の在り方は常にこの二国との距離感によって規定されており、その揺らぎ方が実に興味深い。ロシアに対しては旧ソ連時代の記憶があるにせよ、国民感情としては悪感情が殆ど感じられず、むしろ親近感すら漂っています。実際、2022年9月にロシアがウクライナ戦争に基づき部分動員令を発令した際には、徴兵を逃れたい若いロシア人たちがビザなしで越境できるモンゴルを目指し、国境の検問所には1キロを超える車列ができたほど。当時はウランバートル市内でもロシア人の姿をかなり見かけたそうですが、現在はその潮も引き、以前ほどの数ではなくなったとのことでした。動員の緊張が落ち着けば、避難先としての役割も自然と縮小していくものなのでしょう。
一方の中国に対しては、清朝時代からの侵略の歴史や内モンゴル自治区における同胞の同化政策への反発もあり、根深い嫌悪感が今なお国民感情の底流に流れています。かつては中国人観光客が旗を振っただけで暴行を受けるような事件すら起きていたほどで、この点はタイや日本で問題化しているオーバーツーリズムとは全く別の緊張関係と言えるでしょう。
興味深いのは、ウランバートルには少なくない数の中国人が居住しているにもかかわらず、チャイナタウンの類が一切存在しないこと。中華料理店自体はあるにはあるのですが、看板に大きく中国語を掲げるような店はほとんど見当たらず、よくよく目を凝らしてようやく気づく程度の控えめな存在感です。反中感情の強さゆえに、あえて自らの出自を前面に出さない処世術が根付いているのかもしれません。
現地のガイドがぽつりと漏らした一言も印象的でした。「中国は何でも真似する。日本語が書かれた商品なのに、日本とは一切関係のない中国産のものがザラにある」。反中感情の根深さは、こうした模倣文化への不信感とも地続きになっているようで、単なる歴史問題にとどまらない生活実感としての警戒心が窺えました。
感情面での複雑さとは裏腹に、実利の面では中国との結びつきは無視できません。中国製品は総じて安く、モンゴル国内に出回る日用品や食料品の多くも中国からの輸入に頼っています。中には内モンゴル自治区まで足を延ばし、まとめ買いをしてくるモンゴル人もいるそうで、感情と実利は必ずしも一致しないのかもしれません。
この「二大国に挟まれた小国」というポジションは、裏を返せば絶妙な緩衝地帯としての価値も持ち合わせています。どちらの大国にとっても、迂闊に手を出しづらい中立的な立ち位置であり、北朝鮮との非公式な接触の舞台として過去に何度も使われてきました。大国に挟まれた小国が、その地政学的な立ち位置を逆手に取ってしたたかに生き延びており、外交的な奥行きを肌で感じることができます。
団体旅行客として目立つのが韓国人。モンゴル人にとって最大の出稼ぎ先は韓国で、就労ビザで数万人規模のモンゴル人が渡韓しており、街中でも韓国語を解するモンゴル人にしばしば出くわします。両国の人的交流の厚みは経済統計にも表れていて、モンゴルへの直接投資企業数は中国に次いで韓国が2位。日本企業の3倍以上という規模だそうです。
音楽シーンに目を向けると、モンゴルの若者の間でもK-POPはしっかりと浸透しており、韓国への出稼ぎの多さもあってか、韓国のカルチャーそのものへの親近感は世代を問わず根強いように感じました。
そんな中、ここ最近じわじわ増えているのが日本人旅行者。理由は言わずもがな「VIVANT」ブームで、ガイドたちも一様に嬉しそうにしていました。ただし話題を向けると一様に悔しがっていたのが、待望のシーズン2の舞台がまさかのアゼルバイジャンだったこと。「モンゴルにはもっと素敵な景勝地がまだまだあるのに!」と、地元愛のこもった愚痴をこぼしていたのが印象的でした。
車窓から流れゆく街並みを眺めていると、「新モンゴル日馬富士学園」を発見。角界を去った元横綱・日馬富士が2018年に創立した、幼稚園から高校までの日本式一貫校です。礼儀と道徳を重んじる校風で、相撲の稽古場まで完備しているというから徹底しています。日本の角界を追われた男が、母国で教育者として一大事業を築き上げていたとは、なかなかドラマチックな展開です。
また、別の観光地では、やたら体格の良い流暢な日本語を話すガイドが他のグループを先導しているのを見かけ、なんとなく目で追っていたのですが、聞けばかつて日本で力士として活動していた経験の持ち主とのこと。角界という土俵を通じて、モンゴルと日本の間には想像以上に太い人的パイプが存在しているのだと改めて実感させられました。ちなみにモンゴル語は日本語と文法や言葉のリズム、音階が似ており、一緒にいて何だかとてもしっくりきます。
街中でやたらと目につくのがカラオケ店で、ガイド曰く「飲み会の2次会はカラオケと決まっている」とのことです。
地味に衝撃だったのが、マクドナルドがどこにも見当たらないこと。バーガーキングやKFCはしっかり店舗を構えているというのに何故かマクドナルドは不在です。スターバックスはモンゴルに進出する計画はあるものの、未だ実現はしていないそう。一方で存在感を放っているのが吉野家。2022年にウランバートル1号店がオープンして以来、この国ならではの限定メニュー「羊肉丼」を展開しており、地元のビジネスマンにも人気の様子でした。
チンギス・ハーンの存在感は凄まじいですねえ。像、肖像画、施設名、紙幣に至るまで、あらゆる場所に彼の名と姿が刻まれており、まさに国民的英雄という言葉では足りないほどの崇拝ぶりです。
直前に訪れたウズベキスタンはチンギス・ハーンとその後継者たちによって徹底的に蹂躙された歴史を持ち、あちらでは侵略の傷跡として語られていた同じ人物が、こちらでは建国の英雄として誰もが誇らしげに口にしています。勝てば官軍負ければ賊軍なのである。
モンゴルの正月は、基本的に旧正月「ツァガーンサル(白い月)」がメインです。とはいえ暦上の大晦日・元日もきちんと祝うようで、年に2回お正月気分を味わえるお得な国民性と言えるでしょう。お年玉につき、日本では大人から子供へと渡すのが通例ですが、モンゴルでは年少者が年長者へお金を渡す習わしがあるそうで、現役世代の負担感が強い日本の文脈に当てはめると、一瞬ドキッとしてしまう文化ギャップです。
日本ではお馴染みの嫁姑問題も、モンゴルではあまり聞かないとのこと。ツァガーンサルに欠かせない蒸し餃子「ボーズ」作りも、嫁と姑が協力して仕込むのが当たり前の光景だそうです。そもそも共働き世帯が圧倒的多数を占めるため、子供は家族全体、あるいはコミュニティ全体で育てるという意識が根付いているようで、この辺りの助け合いの文化が、嫁姑間の摩擦を生みにくくしているのかもしれません。
モンゴルは遊牧民という響きから男尊女卑的なイメージを抱きがちですが、実態は真逆です。大学進学者の実に7割が女性で、医師の6割超、教師の8割近くも女性が占めているといいます。この教育格差は、面白い副産物も生んでおり、都会のウランバートルでは高学歴の独身女性が余り、同レベルの結婚相手が見つからないという事態が起きている一方、地方では家業を継ぐことを求められ、教育よりも家畜の世話を優先してきた独身男性が余っているのだそうです。
モンゴルのスポーツについて、伝統的な祭典「ナーダム」で競われる競馬・モンゴル相撲・弓矢が「男の三種の神器」と呼ばれているそうです。加えて男性には1年間の義務兵役があり、「兵役代替金」と呼ばれる高額な免除料を国に支払えば免除される仕組みもあるとのこと。また、内陸国であるためか、学校に水泳の授業はないそうです。
欧米の「傘をさすやつはゲイ」という話とは異なりますが、モンゴルの人々は日傘はもちろん、雨が降ってもほとんど傘を差しません。日本の台風のように激しく降り続くことがなく、サッと降ってすぐに青空が戻るような内陸特有の雨だからという理由もありますが、少々の雨なら濡れることを全く気にしないようです。
モンゴル人は、ゲルを立てることに一切気負いがありません。慣れた家族なら1〜2時間もあれば完成してしまうそうで、そもそも部材一式は市場でパーツ売りされているとのこと。
構造としては、木製の骨組みに羊毛フェルトを張った円形テント。壁の骨組みは蛇腹状に折り畳める「ハナ」と呼ばれるパネルで構成されており、日本の住宅のように畳や平米で測るのではなく、このハナを何枚使うかという「面(壁)の数」で規模を表すのだそうです。
内部の空間配置にも明確なルールがあり、入口から見て西側(左手)が男性のスペース、東側(右手)が女性のスペースと厳格に定められています。西側には鞍などの馬具や狩猟道具が置かれるのですが、モンゴルの代名詞である「馬乳酒(アイラグ)」の革袋が据えられるのも、この西側のエリアです。遊牧生活において馬の管理は男性の役割とされており、馬の恵みである馬乳酒もまた、男性のスペースで育まれます。
この馬乳酒作りがまた非常にユニークです。革袋の口には木製の撹拌棒が差し込まれており、家族はもちろんのこと、ゲルを訪れた来客も、出入りするついでにこの棒を何度も上下にしごいて混ぜるのが定番とされています。日に数千回も激しく撹拌することでまろやかな発酵が進むため、馬乳酒は関わる人みんなの手で育てられるものなのです。ちなみにアルコール度数は1〜1.5%程度と低いためモンゴルでは子供の頃から当たり前に口にする飲み物とのことです。
一方、東側の女性のスペースには調理器具や食器が整然と並び、こちらは主に牛や羊、山羊の乳を使ったチーズやヨーグルトなどの乳製品を加工・管理する、いわば「お母さんの台所」として機能しています。
そして中央には命の象徴である炉、入口から見て正面奥の最も神聖な一角には仏壇が据えられ、家長や高貴なゲストが座る席となります。わずか数メートルの丸い空間の中に、緻密な秩序と男女の役割分担が息づいていました。
これだけゲル文化に浸り切っているモンゴル人自身は、リゾート地に行くとゲルではなくホテルに泊まりたがる傾向があるのだとか。一方で、Airbnbのようなマッチングサービスを通じて都市部の若者が遊牧民家庭にホームステイする動きも人気を集めているそうです。
今回は朝青龍の親戚が営むゲルにお邪魔する機会がありました。屋外にソーラーパネルが設置されていましたが、これはこの地域ではごくありふれた光景なのだとか。晴天日数が年間250日を超えるというモンゴルならではの好条件を活かし、太陽光で発電した電力を冷蔵庫代わりに活用する「遊牧民のための太陽光冷蔵庫」まで存在するそうです。
移動を繰り返すゲルの暮らしから生まれた彼らのライフスタイルは、まさに究極の「ミニマリスト」。必要なものだけを持ち、限られた住空間をいつもピカピカに磨き上げる綺麗好きでもあります。しかしながら、彼らは燃料にするための乾いた牛糞をなんの躊躇もなく素手で掴んで運びます。その牛糞をダイレクトに掴んだ手で「写真を撮ってあげるよ!」と私のスマホを、、、
遊牧民は、モンゴル文化の核として保護されるべき存在という国民的コンセンサスがあるようで、統計上はウランバートルの一般市民よりも裕福なケースが多いそうです。とはいえその資産は常に自然災害と隣り合わせ。冬の大寒波で家畜が一夜にして全滅することも珍しくなく、蓄えた財産が一瞬で消え去るリスクと隣り合わせで暮らしているといいます。
最近ではバイクで家畜を追う遊牧民も増えているそうですが、ガイド曰く「バイクの音に驚いた家畜はストレスで肉が硬くなる」という俗説があるのだとか。
食生活は季節によってきっちり分かれており、冬は家畜を屠って肉を中心とした食生活を送る一方、夏になると搾乳シーズンを迎え、ヨーグルトやチーズ、馬乳酒といった乳製品を中心とした食生活に切り替わります。この時期はあえて肉をあまり食べず、冬にフル稼働した胃腸を乳製品で休ませるという、実に理にかなったサイクルが伝統的に受け継がれているそうで、13世紀にモンゴルを訪れたヨーロッパの修道士が「モンゴル人は冬に肉を食べ、夏に馬乳を飲む」と記録しているというのですから、この食習慣は800年近く変わっていないことになります。
食肉はモンゴル人が伝統的に育んできた「五畜(羊・山羊・牛・馬・ラクダ)」が中心で、かつて鶏や豚は輸入や特殊な流通に頼らざるを得なかったため、贅沢品扱いされていたそうです。もちろん魚介類は今でも高級品・珍しい食べ物というポジション。
ちなみに1990年の民主化直後の混乱期は物資不足が深刻だったそうで、社会主義体制から市場経済への急激な移行に伴い旧ソ連からの援助が途絶えたことで農業生産が急落し、外貨不足も重なって国内需要を満たすだけの食糧すら購入が困難だったそうです。無血革命という華々しい成功の裏で、国民の胃袋は相当な試練を強いられていたことになります。
市内観光では、モンゴル仏教の中心地「ガンダン・テクチェンリン寺」にも足を運びました。高さ26メートルを超える黄金の観音像を擁するこの寺院、祈祷を申し込む窓口はタッチパネルと番号札を駆使したシステムで運用されており、その様子はさながら銀行の窓口。すぐ近くにATMまで併設されているものだから、宗教施設というより金融機関に迷い込んだような感覚に陥りました。
なお、この寺の現在の座主にあたる「生き仏」的な存在は、2023年にダライ・ラマ14世によって認定されたばかりの、まだ10代の少年とのこと。彼の学友たちは全員、厳格な身辺調査を経て選ばれた人品骨柄間違い無しの子供たちだそうです。
境内で目を引いたのが「マニ車」。手で回すだけでお経を一回唱えたのと同じ功徳が得られるという仕掛けで、多くの参拝者がグルングルンと回しながら歩いています。コロナの時期に消毒はどうしていたんだろうとガイドに尋ねると、「それは考えたことがなかった。でも、確かに……うーん」と、その場で深く考え込んでしまいました。ちなみにウランバートル自体はコロナ禍において世界でもかなり早い段階でロックダウンに踏み切ったそうで、「思い出したくもない嫌な記憶」とのことでした。
死生観につき、古くはチベット仏教の影響や遊牧の思想から、大自然に遺体を還す「鳥葬」や「風葬」が行われていたモンゴルですが、現代は土葬が主流だそうです。ただしウランバートルなどの都市部を中心に土地の確保が難しくなってきたこともあり、最近では徐々に火葬を選ぶケースも増えているのだとか。時代と共に、草原の国の見送りの形も変わりつつあるようです。
今回のモンゴル旅行では、ツアー旅行の良い面と悪い面の両方を体感することになりました。そもそも私自身、ツアーというもの自体にあまり縁がなく、勝手がわからないまま臨んだ初心者でもあります。
まず良かった点から言うと、ガイドもドライバーも、ツアー全体の進行も、移動時の快適さも、そして
市内で宿泊したホテルも文句のつけようがありませんでした。一方で酷かったのが後述するテレルジでの宿泊施設。そして食事全般も大きく期待を裏切られました。
これはある意味仕方のない話でもあります。団体客を安定的に捌くには、それなりの収容キャパシティと融通の利くオペレーションが不可欠で、結果として案内されるのはどうしても昔からの馴染みの店に偏りがちです。地元の人が日常的に通うような、尖った個人経営の名店には団体では案内しづらいという事情もあるのでしょう。
モンゴル料理自体は美味しそうなものがたくさんあっただけに、「ここで離団して食事は全部自分で手配します。送り迎えだけよろしく」と提案したい衝動に何度も駆られましたが、これをやってしまうとガイドやドライバーにも少なからず波紋を呼ぶわけで、そこまでドライに割り切ることもできず、なかなかのジレンマを抱えたまま旅を終えることになりました。
ラオスや
ウズベキスタンを個人旅行にしたのは、今にして思えば本当に正解だったと感じています。もしあの国をツアーで手配していたら、あの土地ならではの美食感覚を、根本のところで取り違えたまま帰国していたかもしれません。
この経験を踏まえて、今後は旅先の性質に応じてツアーと個人旅行を使い分けたいと考えるようになりました。食が旅の目的の柱になるような美食国は個人旅行一択。もしくはツアーを使うにしても、食事なしのプランを選ぶべきでしょう。
一方で、料理そのものがさほど旅の目玉ではない行き先、たとえば雄大な自然が主役で、かつ、個人での手配が格段に難易度の高い場所(アフリカ、アマゾン、エジプトなど)については、むしろツアーを積極的に活用していく方針で臨みたいと思います。
<ホテル>
■テンゲル リゾート(Tenger Resort)/テレルジ国立公園
モンゴルのテレルジ国立公園にある「テンゲル リゾート(Tenger Resort)」。不便さに満ちた最悪の宿地です。Wi-Fiや電波は繋がらず、客室は拘置所のようでアメニティや鏡もありません。シャワーは温水切れの恐怖があり、電源も一カ所のみです。夜間は隣の施設の爆音カラオケが響きますが、宿は黙認し安眠が妨害されます。食事は高校の部活の合宿以下で量が足りず、翌朝はさらに半減する悲惨さです。虫も侵入し、水や金庫もありません。あらゆる文明の利器を諦め、事前にウランバートルで物資を買い込まないと飢死するレベルです。ツアーの予約フォームの備考欄に「テンゲルは絶対に無理」と記すことをお忘れなく。
■ホリデイ イン ウランバートル(Holiday Inn ULAANBAATAR by IHG)近代的な高層建築であり、国際基準の安定したオペレーションが自慢の「ホリデイ イン 」ブランドらしい無難なホテルでした(誉め言葉です)。テルレジ国立公園内のクソリゾートから帰ってきたばかりであり、その文明的で機能的な仕様には心から安堵する。ウランバートル出張の拠点に、モンゴル旅行の足掛かりに最適なホテルでしょう。
堅牢な建屋を誇るリゾートホテル。ランチにお邪魔しましたが、ツアー経由で予約したためか披露宴の会場みたいな雰囲気で不思議な気分。食事は観光客向けにモンゴルの郷土料理が中心。ドライバーは「量が少ない」とこぼしていました。
ヴィラ形式のリゾートのランチ。お店の子供(?)がヒマでヒマでしょうがないのかレストラン内を走り回っており、仕舞いにはサッカーボールを我々のテーブルに蹴り込んで来やがったので、本人に真剣に注意しました。なお、食事の味は覚えていない。
我々が滞在しているリゾートのお隣さん。しっかりとした造りの本館に加え、外には近代的なヴィラ(コクーン?)がズラリ。ただし料理は鶏肉を照り焼き風に味付けており、日本みを感じさせながらコレジャナイ感。パンダエクスプレスの料理みたいな味でした。
■Japanese Restaurant HIDE/ウランバートル
ツアー会社が手配し、ガイドに連れられてやってきたランチ会場。って、なんで日本料理屋やねん。しかも案内された段階で「今日はモンゴルの伝統料理を味わっていただきます」というわけのわからない前置きつき。メインは羊肉をシンプルに塩で焼いた料理で、味自体は普通に美味しいのですが、なぜ日本から来た日本人が、ウランバートルの日本料理屋でモンゴル料理を食べなければならないのか、疑問は拭えません。

ここからは推測ですが、前述の通り日本人ゲストは年配の方が多く、本格的なモンゴル料理店の味付けは口に合わないことも少なくないはず。かといって、日本料理店で無難な洋食や和食を出すのもツアーとしては芸がない。それならいっそ、日本料理店の厨房でモンゴル料理を作らせてしまえばいいじゃないか、という、なんともウルトラCな折衷案だったのかもしれません。お店に罪はありません。
ツアーのスケジュールには「モンゴル風しゃぶしゃぶ」と記されており、やったー羊肉だ、と密かに楽しみにしていたのですが、実際に案内されたのはショッピングモール(?)に入居する、いかにもチェーン店然とした退屈なホットポット屋。しかも肉は牛・豚・鶏の三種で、肝心の羊が無いやんけー。
とはいえ店内を見渡すと、ゲストは見事に日本人ばかり。なるほど大箱で食材も切って並べるだけで済むアドリブの効くこの手のお店は、団体客を捌く旅行会社にとっては何かと使い勝手が良いのかもしれません。味わいよりもオペレーションの合理性が優先された結果、といったところでしょうか。やはりお店に罪はありません。
余談ですが、隣のテーブルでお互いの身の上話をしながら、どこかぎこちなく鍋をつつき合っている4人組が目に入りました。なんやこいつら、と思わずしばらく耳をそばだててしまったのですが、なるほどこれが噂に聞く「おひとり様参加限定ツアー」というやつか、と合点がいきました。
しかし、よくよく考えれば「おひとり様限定」を選ぶ人というのは、そもそも見ず知らずの他人と気軽に打ち解けられるタイプではないからこそ、その選択肢を取っているのではないでしょうか。だとすれば、見ず知らずの相手といきなり鍋を囲んで会話を成立させろというのは、あまりに酷な要求です。友達を作るのが得意ではないからこそ「ひとり参加」を選んだ人たちを、よりによって初対面同士の会話という試練の場に放り込んでしまう。このツアー設計、当人たちにとってはなかなか気の毒な仕組みなのではないかと、余計なお世話ながら考えてしまいました。
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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。