10(テン)/麻布十番

麻布十番駅1番出口でてすぐにあるバー。ファサードがガラスの自動ドアであり不動産屋のような外観です。喫煙可のバーであり、一歩踏み入れるとすぐにそれとわかる臭いに満ちているのが残念。

「男性からの意見を聞きたいんだけど」と人妻は意を決したように質問を発する。「どうしてみんな、あたしのことを口説いてくるのかな」
内装もあまりバーらしくありません。バックバーこそは迫力がありますが、全体的に白を基調とした爽やかな空間です。元麻布のユロットのような重厚感は無く、女の子がひとりでも気軽に入れそう。

「あたしも『あ、この人いいな』って思うこともあるんだけど、こっちが肉体関係を拒否したら、ザーって引き上げられちゃうの。オランダの干拓みたいに。あたしは人間としてその人が好きで、一生かけて親しい関係でいれるといいなって思ってるのに、向こうはあたしのカラダだけが目的だったって知っちゃうと、ほんと絶望しちゃう。あたしには外見以外に価値は無いの?」私はその奇妙な質問を真剣に吟味した。
フレッシュフルーツの在庫を聞き出しミクソロジーを注文。 ミクソロジーとはリキュールやフレーバーシロップを一切使わず、果実やハーブ、野菜などを、スピリッツ(蒸留酒)と組み合わせて作るカクテル。1杯目はイチゴ。果肉モリモリの食べ応えのあるカクテル。大胆に差し込まれたローズマリーが心地よい香りを放ち、油断のできない旨さです。

うーん、男はそんなに深く考えていないんじゃないかなあ。可愛い女の子とデートしてたら、手を繋いだりキスしたり願わくばその先も、となるもんだと思うよ。動物としてはそう間違った行動じゃない。ただ、オスの思考回路が短絡的なだけで、メスのほうが文化的に成熟してるだけじゃないかな、と冷や汗をかきながら無難な回答を述べる私。
連れはシャインマスカットで。ひとくち頂きましたがシャインマスカットの味わいがダイレクトに伝わる液体であり、いくらでも飲めてしまいそうな味です。

「例えばさ、キミとあたしが男女の関係になる可能性は1%も無いよね?」でも、1はゼロじゃない。「じゃあゼロでいいわ。あたしは結婚してるんだし、最初からそういう関係には絶対にならないって宣言してるのに、どうしてみんなチャレンジしてくるの?そのたびにあたしはものすごく傷ついているの。好きとか軽々しく言ってこないで。タクシーで送るよとか言って車内でキスしてこないで。そういうのさえなければ、あたしはその人のことがずっと好きでいられるのに」可能性はゼロなのか。
チャームはレンコンのチップス。品の良い柑橘系の香りがしたので、これはもしかすると成城石井でよく売られているダイコー食品の「瀬戸内レモン味れんこん天チップス」かもしれません。

そういえば私も別の女の子から『あたしはあなたのことが大好きだから、絶対に一線は越えないからね』と謎の牽制球を投げられた経験が一度だけあります。その時は、この子は突然何を言い出すんだと当惑しましたが、なるほどこのような考え方に近しいものだったのかもしれません。彼女たちには彼女たちの大義があるのだ。
「この前なんてさ、年下の男の子が『カレシにして下さい!』とか懇願してくるわけ。あたしが結婚してるって知ってるのに。カレシになったところでゴールなんて無いんだから青春の無駄遣いだよって言ってるのに、しつこく食い下がってくる。こっちは向こうが会いたいって言ってくれば会ってるし、LINEが来れば返してるし。これ以上なにをして欲しいっていうの?」

それはセックスだと思う、と、患者を診察する医師のような真剣な表情で私は真理を述べる。彼女はまるで不快なものを見たとでもいうかのように私から目をそむけた。ああ、私は全世界のオスの矢面に立ち、バカ丸出しのクソ野郎として認定されてしまいました。
2杯目はキンカンを。今回も気前良く果実とハーブがぶちこまれています。モヒートのような爽快感に心が洗われる。

濡れぬ先こそ露をも厭えとばかりに私は続ける。それじゃあさ、その男が満足するように適当にセックスでもしてやりながら、全体として親しい関係を続けていくことはできないのかな?「それは絶対にムリ。ムリムリムリムリかたつむり。男は独占欲が次第に沸いてくるものだから」この女、何か知っているような口ぶりである。
連れは巨峰。こいつ葡萄ばっか飲んどるな。こちらも先のシャインマスカットと同様に果実の味わいがストレートに引き出されています。

お会計は10,000円弱。むむ、予想より2割ぐらい高い。カクテルそのものは美味しいのですが、カジュアルな空間でタバコもOKということを鑑みると、ちょっとサゲです。であれば同じ麻布十番でミクソロジーをウリにしながら全面禁煙のミクソロジー バー ソース 2102のほうが私は好き。

「肉体関係のある愛情は4年が限度。それ以上は続かない。肉体に飽きると不思議と内面まで飽きてしまうものなの。これはどこかの偉い医者も言ってたし、あたしの実体験からしてもそう」お前もやっとるんかい。

「だから、結婚は親友とすべきね。常にお友達感覚。もしくは家族。恋に堕ちた相手と結婚するだなんて愚の骨頂だわ」こうして虚々実々の攻防を繰り広げた後、我々は朝日に向かって歩き出した。


このエントリーをはてなブックマークに追加 食べログ グルメブログランキング

関連記事
東京カレンダーの麻布十番特集に載っているお店は片っ端から行くようにしています。麻布十番ラヴァーの方は是非とも一家に一冊。Kindleだとスマホで読めるので便利です。

10
関連ランキング:バー | 麻布十番駅赤羽橋駅