泡で乾杯。当店は3・5・6杯のワインペアリングが用意されており、その中に泡も含まれています。あまり飲めない方にとっても選択肢があるのは良いことですね。
「お誕生日、おめでとう」前田亜美似の連れと静かにグラスを合わせる。ありがとう、それにしても凄いね、レストラン丸々貸切じゃないか。「そ、大変だったんだから。でも、文春に見つかっちゃ、マズいでしょ?」
アミューズはイカ。ほんのりと温かいイカがたっぷりと盛り込まれており、アミューズとするにはもったいないほどの立派な一口でした。
「男なのにいっぱい指輪してる。ねえねえ、知ってた?指輪の数は、満たされていない心の数なんだって」彼女は呟きながら意味ありげな笑みをみせた。
前菜その2。キャビアに何のムースだったっけな?当店の料理は全編通して構成要素が多く、そのひとつひとつにスタッフが解説してくれるのですが、メモリの小さい私には覚えることができませんでした。紙への印字求む。
「ランチに食べログ3.32の所にいったんだけど、やっぱ3.32って感じだったわ。コンマ32ってとこがリアルだよね」色々言われてはいますが、ここ最近の食べログの点数は、かなり信憑性が高いと思います。少なくとも高評価の店で外すことは殆ど無くなった。個人的には思い切って採点アルゴリズムを公開してしまえばいいのにな、と思うのですが、そうしてしまうと提灯記事の依頼がもっと増えるんだろうなあ。難しいところです。
魚はハタ。魚そのものの質は中くらいですが、カレー風味のソースが食欲をそそります。付け合わせのラタトゥイユの風味も上々。
「そうだ、この前○○○を観に行ったんだけど、物見遊山としてはちょうどよかったわ」物見遊山、と私は思わず繰り返す。もちろん言葉の意味は存じ上げていますが、リアルな生活において肉声で初めて耳にしました。教養高い女の子って大好き。
ムール貝はグラタン風に。目の前で燃える液体をジャブジャブかけて、火をつけてくれます。使い古された芸ではありますが、やっぱり火って無条件に楽しい。見ているだけでウキウキします。味は見た目ほど派手ではなく、わかり易い味わいで万人ウケする一皿でした。「ちょっと、『ミラノ風ドリアみたい』とか思ってるでしょ。やめてよね」
そういえばこの前、キミと同世代の女の子とフランス料理を食べに行く約束をしたんだけど、「○○ちゃんも来るかも~」とか言うわけ。『かも』って何だよ居酒屋で飲み会するのとは訳がちげーんだよ、って叱り付けたら見事に嫌われちゃった。僕が悪いのかな。
「まあ、若い女の子なんてそんなもんよ。明言は避ける。楽しそうな会に行ける余地は残しておくけど、もっと楽しそうな会があればそっちに行く。あなたがそういうの凄く嫌うってこと、あたしは良く知ってるけど、若い女の子なんてそんなもんよ」
そんなもんかなあ。何だか僕がうるさいオッサンみたいで嫌だなあ。「みたいじゃなくて、あなたはうるさいオッサンなの」
パンはシンプルながら上々の味わい。全般的にソースがしっかりと腰を据えているお店なので、これぐらいのプレーンなパンがマッチします。
でも、そういう約束のオークションみたいなことしてると、その女の子は絶対に素敵なお店に連れて行ってもらえないよね。ドタキャンリスクが高過ぎて無理。少なくとも彼女が僕の中の『高級店には絶対に一緒に行きたくない人間リスト』に載ったことは確かだ。
「だからさあ、そこはキチンとオトナのオトコが教えてあげないとダメなんだって。ちゃんと言ってあげなよ」ということで、ドタキャン癖のある皆さんへ。短期的にはご自身の都合が優先されて良い気分かもしれませんが、長い目で見ると人生を楽しむチャンスは確実に低減しているのでご注意を。
白子にキクイモ。白子の官能的な風味の素晴らしさはもちろんのこと、その土台となるソースの美味しさに目を瞠るものがありました。濃厚で洒脱。旨し。
コチラはヒラメ。ちょっと蒸し上げたような食感で、舌先にホロりとソフトタッチします。白眉はやはりソース。貝の出汁がきいて、ズバ抜けた旨味を感じます。リゾットもソースをたっぷりと含み、主役を食ってしまうほどの勢い。本日一番のお皿でした。
「ねえねえ、36歳の抱負は何?」うーん、やっぱりフランス語をきちんと話せるようになりたいなあ。ボルドーあたりでホームステイでもしようかな。昼は語学学校に通って、夜は地元のワインを飲みに行く。「あきれた。なんて夢のある36歳なの」
ブルー・オマール。ブルターニュ産の最高級品です。これは問答無用に美味しいですね。素材に寄りそうソースも見事。良い食材にはややこしい手をかけずシンプルに仕上げようとする価値観もグッドです。
しかしながら合わせるワインはコチラでした。何故ピノ、と、思わず連れと顔を見合わせる。予想通り全く合わず、これまでが良かっただけに、どうしてこうなってしまったのか困惑する。ペアリングの規定の杯数に達したのであれば、事前にアドバイスをして欲しかった。
蝦夷鹿のロースト。プレーンでクリアな個体であり、極上の赤身肉。さっきのピノはこの皿に合わせる予定だったのかな?でもオマールと同時に出てきたしなあ。謎は深まるばかりです。
デザートは塩系クリームのアイスにシャインマスカット。こちらはベーシックな味わい。これまでの料理の手の込みように比べると、相対的には素朴に感じてしまいました。
特別にお誕生日ケーキもご用意頂けました。嬉しいなあ。誕生日はいくつになっても大好きだ。自分の好きな人に自分の人生の年輪を祝福してもらえる。こんなに幸せなことはありません。
お誕生日ケーキまですっかり平らげたのでさすがに満腹。小菓子は持ち帰りとさせて頂きました。
オマケのアップルパイ。レフェルヴェソンスのアップルパイはギリ遊び心の範囲ですが、当店のそれは遊び心を通り越して残念ながら滑ってしまいました。それでもアツアツで凝った小菓子であることは確かです。
良いお店でした。シェフから「やりたかったことを全部できて楽しい!」という空気が滲み出ています。遊び心はあるけれども基本がしっかりしていて、どの皿もきちんと美味しいのがいいですね。ソースが実に美味しいので、どクラシックな料理も是非試してみたいところです。
一方で、シェフがあまりにエースで4番すぎて、周りのスタッフたちのヨチヨチ歩き感は否めません。サービスに温か味は感じますが統率が取れていない。そこはまあ慣れの問題なので、すぐに解決するものなのかもしれません。凄腕のメートルがサービスを仕切れば大化けしそう。
いずれにせよ近い将来、予約の取れないお店になりそうな気がします。
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